橘宋司
「どこも、怪我はしていないか」
無事に娘を助け出した彼は、
彼は十分に戦果を挙げたが、それ故に受けた返り血も凄まじいものだった。
女中だと思われる痩せた老婆は、やけに疲弊した様子で、涙を流す娘の背中をさすっていた。
それもそうだろう。
命が助かったところで、これから先どのように生きろというのだ。
周りにいる使用人の少なさから、あまり大きな家柄ではないのだと伺える。
そのような者たちには尚更、酷というものだ。
「ところで……」
娘はいまだ肩を震わせながら恐ろしさに怯え、身を固くしている。
それを見た彼は頭を撫でてやろうとしたが、ふと自らの腕に血が付いていることに気が付いた。
どうしようにも、こればかりは仕方がない。
やむなく諦めた彼は、ため息をつきたくなる気持ちを必死に抑えた。
「娘、もう泣くな。お前の女中も心配しているぞ」
そう言い聞かせても反応を示さない娘に、彼は嘆息して立ち上がろうとした。
「…………ん……」
なにか引っかかるものを感じて視線をそれに移すと、今まで彼女の顔を覆っていたはずの手が彼の袂を摑んでいた。
「……行か、ないで」
震えて力のこもらない手で掴まれた彼は、しかしどうすることもできない。
迷った
辺りの気配を注意深く探り、追撃の様子が無いことを確認した彼は、娘の様子を見守る。
彼女もしばらくその場にじっとしていた。
やがて、少し落ち着いたのか涙に濡れた顔を上げる。
ちらりと目が合ったその顔は、目を瞠るほど美しく、その白い
幼いというより若いという印象だが、大切に育てられたのだということがひと目でわかる。
どうやら、自分とあまり歳が変わらないような気がした。
「あなた様のお名前を教えては頂けないでしょうか」
娘の問いかけに対し、彼は困ったような顔をする。
「いけませんか……」
再び泣きそうになった彼女を見た彼は、
「俺は、あんたに名乗るような名前は持ち合わせていないが……」
しばらくそうして時をやり過ごしたあと、まぁいいか、と嘆息した彼は娘に向き直り軽く
「俺の名は、
彼の名を聞いた娘と女中は、驚いたような顔をして互いに顔を見合わせる。
「橘、様……」
確かめるように呟いた後、娘はふいに頭の後ろに手を回し、
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