第46話無礼討ち9

 最初の舌戦は菊次郎の勝ちだった。

 坪内七右衛門の名前を出した事で、野次馬を味方につけた。

 これでどちらが勝っても、事が終っての証言は、菊次郎達の方が正しいという事になるだろう。

 そう言う見込みがあったからこそ、七右衛門は菊次郎達を若党として召し抱えたし、名前を使う事を許したのだ。


「下郎が!

 死にやがれ!」


 永井忠左衛門一党のうち、一番人相の悪い男がいきなり斬りかかっていった。

 こいつがケンカのきっかけであったし、一番短気でもあった。

 特に今日の言い争いでも、我慢できずに菊次郎に喰ってかかり、永井忠左衛門が引くに引けないように追い詰めていた。

 本人にはそんな意識は全くないし、反省もしていない。


 だがこの男、捨て鉢の三下度胸ではあるが、普通のケンカなら役に立つ。

 命を的にした隙だらけの突撃戦法だが、少しでもためらいがある相手なら、気勢を制して最初の一太刀を相手に与える事ができる。

 早い話が、今までは常に先制攻撃で相手に傷を与えてきたのだ。


 だが菊次郎の仲間も歴戦の元盗賊だ。

 剣術の鍛錬はしていないが、修羅場には慣れている。

 身のこなしも軽い。

 悪人顔の初太刀を見事にかわし、逆激の一太刀を見事に決めた!


 菊次郎は永井忠左衛門を抑えていた。

 永井忠左衛門の方が腕が立つのだが、永井忠左衛門は生きて酒池肉林の生活がしたいと思っていた。

 命が惜しかったので、完全に斬れると判断した時しか攻撃しない。


 ところが菊次郎は命を捨てていた。

 とにかく憎い武士が斬れる。

 それが適うのなら、命も惜しくなかった。

 それに加えて、七右衛門に対する意地があった。

 ここで命を惜しんで逃げ出したら、七右衛門にバカにされる。

 それだけは我慢できなかった。


 菊次郎と永井忠左衛門が睨み合う側で、四対四の乱戦が行われていた。

 実際には、悪人顔は肩に一太刀受けて、急に命が惜しくなったのだろう。

 泣き喚きながら刀を振り回すだけで、全然前に出ていかない。

 それどころか目玉を左右にキョロキョロと動かし、何とか逃げようと隙をうかがっていた。


 一人が恐怖に囚われると、それはたちまち仲間に伝播してしまう。

 三人の元ゴロツキも恐怖で逃げ出そうとしていた。

 永井忠左衛門を見捨ててでも、自分だけは生き延びたいと、本性が丸出しになっていたが、だからと言って背中を見せて逃げ出す度胸もなかった。

 悪人顔と同じように、刀を振り回すだけだった。


「大丈夫かよ。

 あんたの仲間は逃げ腰になっているぞ。

 このままだと五対一になるぞ」


 菊次郎の永井忠左衛門への挑発が睨み合いを動かした。

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