第47話無礼討ち10
「死ね!
下郎!」
永井忠左衛門は上段に振り上げた刀を、全力を込めて菊次郎に振り下ろした。
怒りと憎しみを込めた一刀は、うなりを上げて菊次郎の頭を襲った。
脳天唐竹割り、などと言う言葉も技もないが、菊次郎が逃げなければ、そのまま頭から真っ二つにされただろう。
それくらい勢いと力が籠った一刀だった。
だが菊次郎も、武士を恨み武士に復讐しようと学んだ技があった。
盗賊として、剣術より前に武士と戦う為に得た技があった。
永井忠左衛門以上に積み重ねた実戦経験があった。
永井忠左衛門が振り下ろす一刀よりも早く、永井忠左衛門の懐に飛び込んだ!
いや、突きを叩き込んだ!
大上段からの必殺の一撃に全てを賭けていた永井忠左衛門は、攻撃を仕掛けた分隙があった。
それに、常に自分より弱い相手を、御家人と言う立場を利用して強請っていた永井忠左衛門は、逃げ惑う相手しか斬ってこなかった。
菊次郎が攻撃から逃げるか受けるかするとは想定していたが、反撃してくるとは考えてもいなかった。
だが永井忠左衛門も、道場では懸命に剣術を学んでいた。
将来強請集りしようという考えではあったが、汗にまみれて鍛錬し、免許皆伝まではいけなかったが、目録までは授かるほど努力はしていた。
菊次郎が突いてきた時に、自分の一刀より先に、菊次郎の突きが自分に届くと分かった。
菊次郎が狙ったのは、一般的な喉でも胸でもなかった。
盗賊として匕首を使っていた経験から、鳩尾を狙って突いた。
喉のように狙いが小さく、首を振ったり体をねじったりして、狙いを外す事ができない。
胸と違って肋骨がないので、易々と貫く事ができる。
何より内臓を損傷させる事ができるので、その場で絶命させられなくても、内臓から腐って、苦しみ悶え死ぬ事になる。
永井忠左衛門は必至で刀を止めて引き戻したが、早さに勝る菊次郎の突きを、刃で払う事はできなかった。
柄の部分をなんとか鳩尾まで引き戻し、柄を握った自分の手を犠牲にして、菊次郎の突きを左横に払った。
当然その時に大切な左手に深く傷を負ってしまった。
とてもではないが、これ以上戦えなかった。
永井忠左衛門の心の中は、一瞬で殺されるという恐怖に占領されてしまった。
恥も外聞もなく、背中を見せて逃げだした!
「うぁわぁぁぁあ!」
悲鳴を上げて逃げ出してしまった!
一刀流の剣士として、幕府の御家人として、絶対に許されない醜態だった。
だが同時に、生き延びる唯一の方法でもあった。
全身全霊を込めた必殺の突きを横に払われた菊次郎は、直ぐに二の太刀を放てる状態ではなかったのだ。
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