第42話無礼討ち5

 永井忠左衛門の評判は最悪だった。

 先年父が亡くなり家督を相続したのだが、その前から無頼の輩を集め、中間部屋で賭場を開き、日銭を稼いでいたと言う。

 近くの表店に無頼の者と居座り、店が潰れるほどの強請を繰り返してもいた。

 だが流石に家督を継いでしばらくは大人しくしていた。

 だがそれも、七右衛門が活躍して取り締まりが厳しくなったからかもしれない。


 そう菊次郎達から報告を受けた七右衛門は、自ら松下町一丁目替地に足を運び、永井忠左衛門屋敷を見張る事のできる表店の二階を借りた。

 江戸の守護神とも江戸っ子から褒め称えられる七右衛門が、わざわざ訪れ二階を貸してくれと頭を下げたのだ。

 家守も店主も喜んで二階を貸した。

 もちろん他言無用と約束した上でだ。


 菊次郎と店主の証言で、若殿役が本当に永井忠左衛門本人だと判明した。

 四人の供侍は、無頼の者に若党の恰好をさせているだけだとも分かった。

 だが、永井忠左衛門が若党に取り立てたのだと言えば、彼らは若党だ。

 武士として扱わなければならない。

 よほどのことがないと、町奉行所は手出しできない。

 火付け盗賊改め方与力の井波源四郎に手伝ってもらうにしても、相手が火付けでも盗賊でもなければ、勝手に捕縛できない。

 永井忠左衛門の罪は強請りなのだ。


「旦那、どうなされます?

 このままじゃ永井を捕縛できませんぜ」


 菊次郎はまた挑発するように七右衛門に話しかける。

 永井達を尾行する菊次郎組は、永井達が既に強請りを再開している事を、七右衛門に伝えていた。

 前回の事に懲りたのか、無礼討ちを理由にして大金を手に入れようとはしていなかった。

 刀に手をかけたりはしていないのだ。


 何も注文せずに商家や茶店に居座り、来る客を睨みつけて営業妨害をして、店主が包む小銭を集めていた。

 もしかしたら尾行されているのに気がついているのかもしれない。

 気がついていなくても、前回菊次郎が七右衛門の名前を出した事で、やり方を変えたのかもしれない。


 だが菊次郎は何時までも今の状態が続くとは思っていなかった。

 永井達が何時までも小銭で我慢できるとは思えなかったのだ。

 一度楽に大金を掴む事を覚えてしまったら、その誘惑に抗うのは難しい。

 菊次郎はその現場に居合わせた時に、どうすべきかと、七右衛門に詰め寄っていると言える。


「そうだな、菊次郎達では無理だな。

 剣客組と交代してくれ。

 剣客組なら、何かあっても果し合いとして処理できるからな」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!

 今になって俺達に手を引けと言うのか!」


「命が惜しいのであろう?

 だったら仕方ないではないか。

 相手が武士であろうと、斬りかかってきたら処分を覚悟で返り討ちにすればいい。

 それが怖いのであろう。

 だったら仕方ないではないか」

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