第43話無礼討ち6

「旦那。

 それは言い過ぎじゃないんですかい。

 確かに命が惜しくないとは言いませんがね。

 ですがね、全然立場が違うでしょう。

 旦那が口になさったように、剣客組は武士として果し合いにできる。

 ですがあっしらにはそれができない。

 その違いを無視して、臆病者と言われたくないですね!」


 菊次郎が今にも七右衛門に飛び掛からんばかりに、睨みつけながら言い放つ。

 よほど腹に据えかねているのだろう、顔が真っ赤になってる。


「だったら武士にしてやろう。

 今日からお前は坪内家の若党だ。

 これで剣客組よりも有利な立場だ。

 剣客組は浪人だが、お前は坪内家の若党だ。

 私の名前を使って戦う事ができる。

 これで文句ないであろう」


 七右衛門がとんでもない事を口にした。

 確かに七右衛門の若党を名乗れるのなら、立場的には浪人よりも有利だ。

 だが浪人達は元々武士で、しかも名の売れた剣客だ。

 一方菊次郎は剣術の練習はしたが、武士ではない。

 菊次郎組の他の者達に至っては、剣術の練習すらしたことがない者もいる。


「本気ですかい、旦那」


「嘘や冗談で家臣を召し抱える事はできん。

 家臣が何かしでかしたら、私が切腹しなければならんのだ。

 菊次郎が永井忠左衛門を返り討ちにすれば、その処分は俺にも及ぶ。

 どうだ、菊次郎。

 武士になるか?

 私の命令に逆らえない、若党になる覚悟がるのか!」


 菊次郎は真っ青になっていた。

 七右衛門の命懸けの言葉を聞いて、悪たれていた自分の卑小さがよく分かった。

 同時にムクムクと負けん気が頭をもたげる。

 このまま負けっぱなしは嫌だと心から思った。

 七右衛門を見返せるほどの事をしてみせると決意した。


「そこまで言われたら後には引けねぇ。

 よござんす。

 武士になりやしょう。

 この命、旦那に差し上げましょう。

 ですが、この命、安く使われちゃあ許せねぇ。

 納得できない時は、逆に旦那の命をもらいやすぜ!」


「分かった。

 私の命令が理不尽と思ったら、逆らえばいい。

 だが、その逆らいが悪と感じたら、容赦なく上意討ちで斬り果たす。

 その事忘れるなよ」


「旦那こそ忘れちゃ許しませんぜ」


「では、今の事を仲間に伝えろ。

 そいつらにも同じ事を言ってきかせる。

 若党になる覚悟ができている者は召し抱えてやる。

 そうでない者は、今まで通り振売のまま手先を務めればいい。

 無理強いするんじゃないぞ」


「分かってますよ。

 嫌だと言う者をむりに武士にしたりしませんよ!」


 菊次郎は急いで仲間のもとに走った。

 うれしいような悔しいような、なんとも言えない感情が心の中を渦巻いていた。

 だが、これから命懸けの仕事をするのだと、もう逃げ出す事ができないのだと、妙に冷静な気持ちもあった。

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