第40話無礼討ち3
若殿然としていた男がわずかに眉を顰めました。
思っていた絵図通りに主人が動かなかったのでしょう。
小茶屋の主人はたかだか町人なので、脅せば直ぐに大金を出すと思っていたのに、案に反してこの小茶屋の主人は肝が据わっていた。
脅しは相手が臆病でなければ通用しない。
しかしここで引けば、今後脅し家業でいい生活ができなくなる。
ここは少々危険で面倒でも、無礼討ちにしてしまった方が後々のためだと決断した。
「おっと、待ってもらおうか。
この程度で無礼討ちが許されると本当に思っているなら大馬鹿だぜ。
この月の月番は南町奉行所だ。
南町奉行所には坪内七右衛門様がおられる。
根岸肥前守様も名奉行の誉れ高い方だ。
ただですむと考える方が愚かですぜ」
「何者だ!
他人が口出す事ではない!
黙っておれ!」
「言ってくれるねぇ。
だが真っ当な人間なら、こんな非道を黙って見逃せないさ。
ずっと見ていたが、そこの若様はわざと水にかかりに行ったね!
まがりなりにも武士が、小女が撒く水を避けられない訳がない。
しかも若様は一刀流を学んでいるようだ。
それで水を避けられないなんて、ありえない話だよ。
まあここは黙って行きな。
さもないと、一刀流の名誉を穢したと、師匠から追っ手がかけられるんじゃないか?」
「おのれ、おのれ、おのれ。
町人の分際で身分を弁えない悪口雑言。
もはや許し難い。
お前から先に無礼討ちにしてくれる!
そこに直れ!」
悪相の供侍が口にしたように、仲裁と言うか、火に油を注ぎに出てきたと言うか、間に入った男は侍ではなく町人だろう。
髷も町人曲げだし、服装も町人のモノだ。
だが問題は腰に大脇差を差している事だ。
素早くそれを見て取った若殿役は更に眉を顰めた。
相手は度胸があるし知恵も回ると考えた。
そして何より腕が立つのが見て取れた。
そこで疑問に思った。
本当にただの町人なのか?
町人ではなく隠密廻り同心の可能性もある。
こいつが口にした坪内七右衛門の手先と言う事も考えられる。
隠密廻り同心なら幾らでも黙らせる方法があるが、坪内七右衛門の手先だと事は面倒になる。
北町の事件を考えれば、平気で返り討ちをする可能性があるからだ。
「帰るぞ!」
「若様?!
無礼討ちにしないでいいのですか?!」
悪相が慌てて若殿役に聞き返すが、若殿役は何も言わずにさっさと逃げ出した。
ここで逃げ出して強請りの看板に傷がついても、争って負けるよりもいい。
時間をかければかけるほど不利になる。
自分達は五人しかいないが、坪内七右衛門の手先は六百人もいると聞く。
町人が坪内七右衛門の手先ではなくても、七右衛門が芝居町に一人の手先も送り込んでいない訳がない。
心に中で復讐を誓いながら、若殿役はその場から去って行った。
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