第32話蛇の弥五郎26
「人間に化けたり、狸に戻ったりすればいいのだな?」
「ああ、そうだ。
約束を守るなら、お前達も、国に残る狸にも手だしせん。
だが、お前達が約束を破って逃げたら、稲荷神が狸を滅ぼす。
この国の狸を根絶やしにする」
神使が蛇の弥五郎を脅していた。
七右衛門を護る為なら、ありとあらゆる手段を行使する覚悟だった。
妖狸だけではなく、必要なら幕閣どころか将軍すら殺す覚悟だった。
神使から見れば、神々の加護を受けない人間等、何時でも殺していい存在なのだ。
だから妖狸達も人間の裁きに素直に従った。
死刑や佐渡金山送りから減刑されたのも大きかった。
鳥も通わぬ八丈島への島流しでも、妖狸達には対して問題はない。
野生の狸の能力と、人に化ける事のできる技を使えば、八丈島でも十分暮らせるからだ。
蛇の弥五郎一味は、特例で島送りの前に晒し者にされた。
だがこれは、今後は狸と狐を狩らせない、食べさせたいためだった。
高札には、蛇の弥五郎一味が商家に押し入り人を殺したのは、人が狐や狸を狩り、その肉を食べた事への報復だと書かれていた。
もし今後また人が狐や狸を狩り、その肉を食うようになれば、再び狐と狸は人に化け、商家はもちろん裏長屋にも押し入り、人を殺すだろうと書かれていた。
その事を日本中に周知徹底する為に、大名屋敷と旗本屋敷のある場所でも、蛇の弥五郎一味が晒し者にされた。
商家や農家のある場所でも晒し者にされた。
晒し者にされる期間は、常識外れの一ケ月にも及んだ。
しかもその度に、狸から人へ、人から狸へと変化して見せた。
だが変化には著しく体力を使う。
囚人に対する食事では変化の体力を維持する事などできない。
これも特例で、魚肉がついた膳が与えられた。
狸の肉を人間に喰わせないようにするために、狸に肉を喰わせるなど、何の冗談なのかと思われるが、狸は雑食なのだから仕方がない。
しかも蛇の弥五郎一味の妖狸達は、強盗で莫大な金を手に入れ、人間に化ける事で、貧乏武士では絶対に行くことのできない高級料亭で食事ができたのだ。
毎日高級料亭は無理でも、庶民のための煮売り酒屋なら毎日通う事ができた。
変化の術が解けないように酒を控えるなら、煮売茶屋に行くこともできるし、盗戸宿にいて、振売の煮売屋から総菜を買う事もできた。
そんな蛇の弥五郎一味には、七右衛門の手先が振売の煮売屋として総菜を与え、晒し者にしている場所でも飲み食いさせて、酔っ払う姿も人に見せた。
その費用は、蛇の弥五郎一味の盗人宿から押収した金が使われ、七右衛門の手先振売の懐を温めることになった。
狐と狸を狩ってはいけない。
狐と狸を食べてはいけない。
それが周知徹底したと幕閣が判断して、ようやく島流しが実行された。
これにより、七右衛門の名声は江戸だけでなく日本六十余州に鳴り響くことになった。
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