第31話蛇の弥五郎25
七右衛門の提案で、とにかく肉食禁令の書類を集めることになった。
それまでは妖狸に対する判決は下さない。
妖狸に対する待遇も武士並みとする。
牢の管理も七右衛門の手先が行う。
それこそ特例が積み上げられた。
幕府の書物庫に保管されてある過去の文書はもちろん、早馬を使って京の朝廷に古い文献を問い合わせることになった。
その間に幕閣は、七右衛門に色々と話を聞いた。
半来ならば、老中や若年寄が町奉行所与力から直接話を聞くことはない。
だが今回はそんな事は言っておられない。
それに幕閣には、七右衛門が古い肉食禁止令を知っている事が不思議だった。
その事を聞き出さないと、自分達が七右衛門に騙されるのではないかと言う恐れがあった。
七右衛門が商家の出であると言う事が、こんな所にも影響していた。
真実は神使から知らされていたからだ。
不老不死とも言える神使は、たいがいの事を知っている。
妖狸を裁くことになれば、妖狸が訴える事も事前に予想できた。
予想できるなら、対処法を保護下の七右衛門に伝えるのは当然だった。
だが神使の事を幕閣に話すわけにはいかない。
だから、商家出の人間として相応しい理由を創り出した。
ももんじ屋を商う場合に必要な知識として覚えたと言う事にした。
武家に養子に入るにあたり、犬追物の勉強もしたと言った。
犬追物が野蛮でない事を朝廷に証明する為に、大阪の本家に連絡して、色々な書物を集めて勉強したと幕閣に伝えたのだ。
証拠を出せと言われた時のために、神使が書物を用意してくれた。
稲荷神に伝わる貴重な書物や巻き物なので、全て書写して返したが、これによって七右衛門は高価で貴重な書物を莫大な量保有することになった。
公家や大名が垂涎の書物なのだ。
それを写本して販売するだけで、莫大な利益となる。
そのような準備をして、その全てが京からの返事と一致する事で、七右衛門の正義が証明され、幕閣と妖狸が黙ることになった。
ここで七右衛門が事前に両者と打ち合わせていた、両者得心の判決が下された。
妖狸が殺人と強盗を行った事は自供により間違いなく証明された。
だが同時に、人が狸を狩り喰っている事も証明された。
敵討ちは認められないが、減刑の理由としては十分だった。
妖狸達は罪一等を減じられ、島流しとされた。
同時に狸と狐に関しては、狩る事も食べる事も禁止とされた。
問題はこれを周知徹底させる事だった。
江戸や幕府の直轄領だけに知られる程度では、再びこのような事件が起こるかもしれなかったのだ。
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