第13話蛇の弥五郎7
文の言い分は分かったが、即答する事はできなかった。
流石に御奉行様の返事を聞かなければ、許可できるような事ではなかった。
だが聞くまでもない事だった。
非常時で猫の手も借りたい状況なのだ。
奉行所の予算を使わずに捕り方の数を増やせるなら、御奉行に否やはなかった。
文は美少年に化けて、若党樋口市之丞と名乗った。
七右衛門は、曽我岩吉達に市之丞を紹介した。
出自は文の弟と言う事にして、文と共に身の回りの世話をさせると伝えた。
岩吉達は思い通りの勘違いをしてくれた。
市之丞を衆道の相手だと思ってくれた。
そんな趣味のない七右衛門は忸怩たる思いであった。
だが、神使である事を打ち明けられない以上、他の身分を偽るしかなかった。
深夜に寝所にまで出入りさせるには、愛妾や愛童だと思わせるしかなかった。
岩吉達が頭から信じてしまうくらい、市之丞は美少年だった。
そんな美少年を引き連れての奉行所に出仕するのは、七右衛門には気の重い事だった。
夜の友吉一味は七右衛門が独力で捕縛したので、その取り調べは一任されていた。
だが流石に後見は必要だと考えられ、練達の本役吟味方与力が七右衛門の取り調べを見張っていた。
責問として、老中の許可が要らない笞打と石抱で自白に追い込む事は可能だが、より強力な海老責や釣責を行うには、老中の許可が必要だった。
だが岩吉達は、一味の者に傷一つ付けず、刀で脅して自白させた。
番屋で三人に自白させていた事が、他の者達の自白を誘導した。
特に有効だったのは、七右衛門が御仕置裁許帳と撰要類集を暗記しており、夜の友吉一味がどのような罪に処されるのか、厳しい場合と恩情を与えられた場合の差を、よくよく言ってきかせた事だった。
七右衛門の知識と、それを取り調べに活用する能力に、練達の本役吟味方与力が驚愕していた。
一味の者は、自白次第で命が助かるのだと言う事を理解した。
だから皆が積極的に自白した。
だが中には、一味以外の知り合いを売る事を潔しとしない者がいた。
仲間が知らない、自分一人しか知らない盗賊の事は、話さないようにしていた。
だがそこに市之丞が現れた。
市之丞は一目で隠し事をしている者を見分けた。
神使なのだから当然と言えば当然なのだが、本役吟味方与力の仁杉太郎左衛門には驚愕の現象だった。
夜の友吉一味一人一人が、最後まで隠していた盗賊仲間の事を話してしまった。
正気に戻った後で友を売った事を市之丞から聞かされ、盗賊達が魂が抜けたようになるのを、仁杉太郎左衛門は信じられない思いで見聞きしていた。
その事実は、仁杉太郎左衛門から御奉行に伝えられた。
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