第12話蛇の弥五郎6

 夜の友吉一味を単独で捕縛した七右衛門は、御奉行に褒賞された。

 武士になったばかりであり、初出仕からから二ケ月ほどでの快挙だった。

 幕府が蛇の弥五郎一味の苦慮していたので、幕閣にまで名前が伝わった。

 普通は許されない紫の房を、十手に飾る事が許された。

 古参の与力同心のやっかみが怖かった。


 南北両町奉行所の古参与力と古参同心が、七右衛門に対抗心を燃やした。

 それは火付け盗賊改めの与力同心も同じだった。

 だが夜の友吉一味を最後に、商家への襲撃がピタリとやんだ。

 余りに厳重な夜回りに、盗賊達が鳴りを潜めたのだ。

 誰だって命は惜しいのだ。


 盗賊の蠢動が病んで一ケ月経ったが、幕閣は非常態勢を解く事ができなかった。

 ここで非常態勢を解いて、蛇の弥五郎一味が再び暴れ出せば、幕府の威信は地に落ちてしまう。

 何としても捕縛しなければならないと躍起になっていた。

 だが蛇の弥五郎一味の行方は杳として知れなかった。


「七右衛門様。

 私に夜の友吉一味を調べさせて頂けませんか」


 稲荷神社の神使が化身した文が、不意に七右衛門に願い出た。

 着替えを手伝ってもらっていた七右衛門は、不意を突かれて即座に断る事ができなかった。


「何故そんな事を頼むのです?」


「もしかしたら、拷問では自白させられない秘密があるかもしれません。

 私なら、それを白状させる事ができるかもしれません」


 確かに神使の文なら、どのような秘密でも自白させられるかもしれない。

 だが、女の文に取り調べなどさせられない。

 若党と中間は、今回の事件もあって、十手を預けられていた。

 だから堂々と奉行所内に入る事ができるようになっていた。

 だが流石に女は無理だった。


「だが、女を取り調べの場に入れるわけにはいきません。

 ありがたい提案ではありますが、無理です」


「あら、何を言っておられるのですか。

 神使の私に性別などありませんよ。

 七右衛門の奥を護るために女に変じていますが、必要なら男に化身いたします」


 七右衛門には衝撃の事実だった。

 神使に性別がないなどと言うのは初耳だった。

 それが本当かどうかは分からないが、確かに狐は化ける生き物だ。

 男であろうと女であろうと、自由自在なのだろう。

 最初の返事に失敗したのが分かった。


「しかし、私の家臣八人は、既に奉行所に届けております」


「今は非常時ではないのですか?

 御奉行様も、七右衛門様が捕り物のために家臣を増やしたと聞けば、お喜びになられるのではありませんか?」


 七右衛門は、文はやはり女だと確信した。

 こんな簡単に自分が言い負かされるのは、女だからなのだと思うしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る