第2話与力株2

「初めまして、養父上

 七右衛門と申します。

 以後宜しくお願い申します」


 七右衛門は養父となる坪内平八郎と初めて対面した。

 養子先の選定や人物調査、条件のすり合わせは、河内屋の手代達が行った。

 多くの候補から、七右衛門が養子に行く与力家が数家に絞られた。

 最終的な面談による人物や家の判断は、祖父の善兵衛が行ったので、顔も会わせることなく、七右衛門の養子縁組が決まっていたのだ。


「こちらこそ宜しく頼む。

 七右衛門殿とは初めて会うが、手代とは何度も話している。

 善兵衛殿とも約束して、書状を交わしている。

 儂は七右衛門殿に与力の仕事を教える。

 七右衛門殿は格之助と弓太郎の事を頼む」


 商人の子供が御家人株を買って養子縁組する場合、問題になる事がある。

 それは隠居する先代の待遇はもちろんだが、廃嫡になる子供達の将来だ。

 坪内家の場合は、見習いとして無給出仕していた格之助と言う嫡男がいた。

 昨日まで与力家を継ぐべく励んでいたのが、いきなり部屋住に落とされるのだ。

 その悔しさは察するに余りある。


 普通に与力株を売買する場合は、武士を捨てるのか町人になるかは別にして、子々孫々生活できるように、家守の権利を買い与える事が多い。

 武士のように代々引き継げる権利を手に入れる事ができて、家臣を養う責任が無くなる。

 武士に拘らなければ好条件だ。


 だが坪内家の場合は、無給の見習いとは言え、与力として出仕までしていた嫡男がいた。

 同格の家から嫁をもらい、弓太郎と言う孫までいた。

 息子家族の待遇が大問題だったのだ。


 候補与力家の中には、孫がいなかったり、嫡男が出仕前だったりする家もあった。

 なのに最終的に坪内家に決まったのは、当主平八郎が穏やかな性格だったためだ。

 いや、穏やかと言うよりは、気が弱いと言った方がいい。

 町奉行所内でも出世争いを避け、望んで閑職についていた。

 だからこそ借金に苦しむ事になっていた。


 嫡男の格之助も同じだった。

 争いを好まない性格だと評判だった。

 だが不安もある。

 今迄は争いを好まなかったが、与力の家督を商人の息子に金の力を奪われて、性格が豹変する可能性もあるのだ。


 そこで借財を棒引きする以外にも、坪内家に光明を与える条件を出した。

 本来千両の価値がある与力家の家督を、五百両の借財で売却する代わりの条件だ。

 それは、残りの五百両を使って、同心株を購入する事だ。

 ただ同心株を買い与えるだけではない。

 赤字が当然の御家人の生活を、黒字にする条件を提示したのだ。

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