第3話与力株3

 河内屋善兵衛が出した条件は、坪内家が安心納得できるモノだった。

 最初に南町奉行所の同心株を三百両で購入する。

 与えられる間口五間奥行き二十間百坪の同心屋敷に、六十両で長屋を建てる。

 袖の下や付け届けのもらえない閑職の同心でも、銀二五匁の家賃が見込める道路に面した商家用の二階家二軒と、銀八匁の家賃収入が見込める長屋が十一件あれば、月額百三十八匁(二両強)の収入があるのだ。


 残りの現金百四十両を手元に置いておけば、いざと言う時も安心だ。

 住む家も与力坪内家内に与えられている。

 本家が与力の坪内家だから、奉行所内でも安心できる。

 商人に与力本家を奪われ同心に落ちたと、心無い陰口に叩かれるだろう。

 だが経済的な心配をせずに、子々孫々武士を続ける事ができるのだ。


「分かっております。

 格之助殿と弓太郎殿の事は確かに引き受けます。

 見習い期間が終わり、養父上から家督を引き継ぐ時に、間違いなく同心株と差額をを御渡しいたします」


「かたじけない」


 平八郎は心から礼を言った。

 長年貧乏に苦しんでいたのだ。

 南町奉行所では、佐久間・原・仁杉の草創与力三家が要職を歴任していた。

 袖の下や付け届けの多い役職は三家が独占したいたのだ。

 他の与力家がそこに割って入るのは至難の業だった。


 平八郎にそんな才覚はなかった。

 だが与力家の付き合いは、三家を基準に奢ったモノになっていた。

 質素倹約に励んでも赤字になるのが今の武士だ。

 それが年間の役得が三千両にも及ぶ三家や、世渡りが上手く五百石や六百石の実収入を得ている与力家を基準に、付き合いをしなければいけなかったのだ。


 平八郎の心労は激しかったのだ。

 だがこれからは勝手向きの心配を一切しなくていい。

 交際費の捻出に汲々としたり、屋敷の修繕費に頭を痛める心配がなくなる。

 小遣いを与えられる立場になってしまうが、今迄だって蔵米の前借で遣り繰りしていたのだ。


「それで養父上。

 明日の奉行所への出仕ですが、別に供を雇う必要はないのですね」


「その心配はない。

 儂が先を歩き、七右衛門殿が直ぐ後に続き、その後を中間五人が続けばいい」


 坪内家に仕える中間の顔触れが変わっていた。

 譜代が五人いたが、召し放ちになっていた。

 弓太郎が買い取る同心家に引き続き仕えたいと言う者だけを河内屋で預かり、同心の小者として十手を預かれるように、厳しい訓練を受けることになっていた。

 平八郎の仁徳なのか、五人全てが引き続き弓太郎に仕えたいと、厳しい訓練に耐えていた。

 

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