第4話
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「で、どういう心境の変化だよ」
アチッ、と火傷した風に舌を出してから、陽太は叡士郎に問う。黒く濁ったコーヒーを覗いて微笑んだ叡士郎を、陽太は薄気味悪く感じた。
「何、特に大きな理由じゃない。好きな女ができたのさ」
「大丈夫か⁉︎ 熱でもあるのか⁉︎」
その言葉が発せられたと同時に、ガタリと大きな音を立てて陽太は立ち上がり、驚きをあらわにする。
──本日二回目の言である。今度も叡士郎は額に乗せられた手を払い、大きくため息をついた。
「ほー、しかし『あの』叡士郎がねえ」
ニヤニヤと下世話な笑みを浮かべる。叡士郎とは小学生からの付き合いではあるが、陽太は彼の浮いた話というのを一度も聞いたことがないのだ。いや、正確にはあるが、先の女の様に叡士郎にそれらしい感情が見えたことがないのだ。ずいぶんと遅くやって来た春を、陽太は素直に祝福した。
「それで? 叡士郎に数百といるセフレを全切りさせたそいつは何処のどいつだよ」
身を乗り出し、興味津々という風な様子を見せる陽太をよそに、叡士郎は一口コーヒーを含む。釣られて陽太も飲んでから、叡士郎の返答を待った。こういう時は、ただ待つのがコツなのだ。カップの半分ほどが空いた時、叡士郎は頬杖をついて道行く人々を眺めながら口を開いた。
「分からないんだよねえ、それが」
ふぅん、と飲み込んでから、目を見開く。
「分からないってどういうことだよ」
「そのまんま。年齢も、所属も、何もかもがわからない。ただ分かるのは、どんな見た目かってだけ」
一目惚れってやつさ、と自嘲する様に言って、カップを傾げる。ごくごくと喉を鳴らしてから、叡士郎は空のコップを置いた。
「じゃ、そういうことだから。じゃあな、もう誘うなよ」
それだけ残して、叡士郎は席を立った。
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