第3話

「よっ!」

 大学の校門の前で叡士郎に声をかけたのは、明るい茶色の髪を短く切りそろえた、いかにも軽薄そうな男であった。声をかけられた叡士郎は大きくため息をつく。これで何度目だ、と。

「陽太、学校に来るのはやめろと言ってるだろ。お前は目立ちすぎる」

 叡士郎の言葉の通り、彼は帰り際の女子の注目の的となっていた。ただし、それは陽太だけに言えたことではない。叡士郎もまた、その対象であった。学校一とすら噂される恵まれた容姿と、トップクラスの頭脳。それを知らぬ者はいないほど彼は有名であった。

「悪い悪い。ただ、いい話があってよ」

 全く悪びれていない様子の彼は、声を潜めて耳打ちする仕草を見せた。仕方ない、とばかりにため息をつき、叡士郎は耳を寄せる。なんとこの俺、と始まった言葉は彼を呆れさせるものとなった。

「かの有名な白百合学園のお嬢様たちと合コンをセッティングすることに成功たんだ」

 じとりとした視線を差し向けるが、陽太はその意味に気づく様子はない。はあ、とこの数分の間だけで既に三回は吐かれたため息。

「くだらない」

 そう一言だけ残して、女子たちの黄色い声を抑えるような視線も、チラチラと何かを邪推するような冴えない女の視線も、後ろで置いてけぼりにされる友人も意に介することなく叡士郎は歩みを進めた。

「くだらなくないだろー⁉︎ 俺がどれだけ苦労したことか!」

 先ほどの言葉に面食らって動きを止めていた陽太はすぐに追いつき、反論と言うにはあまりに論理立てられていない、幼稚な言葉を垂れた。

 しかしこれも、お馴染みのことである。陽太が叡士郎を訪れ、合コンの話を持ちかける。そしてそれをくだらないと一蹴しながら、話には乗ってくれるのだ。そう機嫌よく考えながら、陽太は話を続けた。

「でさ、当然えーしろーは出るだろ? だとしてもあと一人足りねえからさ、お前の友ダチ誘ってほしーんだけど」

 頼む!と陽太は手をすり合わせるが、それを頼まれている叡士郎はと言うと、どこか興味がない風であった。

「いや、今回は出ない。──というか今後も」

 ……へ?と間抜けな声を出して立ち止まった陽太に、おい置いてくぞと言いながら、スタスタと歩き続ける叡士郎。先刻と同じ様にすぐに追いついた陽太は驚いた表情を浮かべて叫ぶ勢いで叡士郎に向かった。

「大丈夫か⁉︎ 熱でもあるのか⁉︎」

 彼の額に手を当てる陽太の表情は真剣そのものだ。叡史郎は心底嫌そうな顔をして、陽太の手を払い除ける。隣をすれ違ったOLはくすくすと笑っていた。全く微笑ましいものではないのだけど、と舌打ちしてから、いまだに「明日は雪が降るんじゃないか⁉︎」などと騒ぐ陽太を「いい加減黙れ」と軽く叩く。

「そんなわけないだろう」

「じゃあなんで! 千人斬りの夢はどうした!」

 大声で言った彼を通行人がギョッとした様子で見た。くそ、ここはまだ大学近くだと言うのに。舌打ちをしたくなるのを抑えて、しっと人差し指を立てる。

 そもそも俺はそんなものを目指してなどいない。来るもの拒まずの精神で生きていたら、いつの間にかセックスを冠詞とした友達の類が膨大な量になってしまっただけだ。

 そんなことが往来の真ん中で言えるわけもなく、ただその場からいち早く立ち去ろうと、早足で歩く。いつもの様にファストフード店に向かうのだ。

 しかし今日いう日はとことんウザイ客が多いらしい。この女はSNSの「お友だち」欄の、上から何番目のだろうか。角を曲がった先に仁王立ちで行手を阻む、よくいる格好をした女を見て思った。彼女は叡史郎と目が合うや否や、ズンズンと距離を縮めてきた。

「えい君! 別れるってどういうこと⁉︎」

「おい叫ぶなよ。どういうことも何も、メッセを送っただろ」

「そうじゃなくて!」

 ──ここが人通りの少ない道でよかった、と叡士郎はヒステリックに喚き散らす女を相手にしながら思った。あ゛ー、うるさい。美人な割に大人しくて、アイツらの中では気に入っていた方だったが、依存してくるタイプだったか。

 キャンキャンと騒ぐ女を無視して歩き出そうとすると、グイと服の裾を背から引っ張られた。

 平時であれば可愛らしいと言える仕草も、涙で顔をぐしゃぐしゃにし、キッと目を鋭くした彼女の醜さを際立たせるのみであった。

「とにかく。今後関わることはないから。じゃあな」

 裾を引っ張り、手を離させる。泣き崩れた彼女を気にも留めることなく叡史郎は歩き出した。

「おい、いいのかよ!」

「いいさ勿論。ていうか付き合ってないし」

 これではきっと、いつも暇つぶしに使っているあの店じゃあ他の女が来るかもしれない。叡士郎はそう考えて行き先を考え直す。

 本当に迷惑なやつだ。一言も好きだと言ったこともないのにさも俺が手に入ったかのように勘違いする。

 そうこうして辿り着いたのは、混み合ったカフェチェーン。せっかくご足労いただいたのだから、コーヒー一杯分の時間はかまってやろう。

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