第2話 闇を聞く者

今日もまた人が来る。

誰も彼女に気づきはしない。

彼女は歌う。

子守唄を。

それは彼女の心を癒しつつ、抉る。

もう1人の彼女は言う。

『名前を考えたんだ。ほら、アタシには名前なんてないだろう?』

名前。

人にあって当然の物。

もう1人の彼女には名前など無い。

『アタシの事は「クウ」って呼んでくれよな。ハク』

…久々に名前を呼ばれた。

ハク。

それが私の名前。

『…うん。よろしくね。クウ』

『へ…へへ。いざ言われるとちょっと恥ずかしいな…』

時間はゆっくりと。

時計の針は進んでいく。

止まることは無い。

ただ正確に時を刻む。


廊下に足音が響く。

誰も居ないはずの場所から音が聞こえる。

『なあハク?どこに行くんだよ』

『わたしのお気に入りの場所。クウもきっと楽しめるよ』

『は…はあ?アタシはアンタの別人格であって…』

『いいのいいの。さ、行こう』


しばらく歩くと花畑に着いた。

『ここがわたしのお気に入りの場所。いい匂いで、ふわふわで、何もかも忘れられる場所』

『…ん?ハク、あそこ』

そこには1人の男が座っていた。

若い男性だ。杖を持ち、木の幹に持たれている。

『どうせ私たちには気づかないよ』

「? 誰かいますか?」

『え…?』

「あの…どこにいるのですか?居るのなら私の肩を叩いてくれませんか?」

『…』

おそるおそる肩に手を当てる。

いつもなら透けてしまう手が今日は違った。

「ああ!そこですか!」

『あっ…あの…!』

「ああ、失礼。私目が見えないのでして。綺麗な声ですね」

『あっ…ありがとうございます』

「私はラノマと言います。あなたは?」

『私は…ハクです』

「ハク…いいお名前ですね。…今日はこの辺りで。またご縁があれば会いましょう」

去っていった。

『…なるほどな。何かしらが使い物にならない人がアタシ達を認識できるのか』

彼は目が見えなかった。

だからわたしの声が聞こえる。

『じゃあつまり…耳が聞こえない人は私が見えるの?』

『多分な。確定って訳じゃない。ただの憶測』

『……』

『人と話したのは初めてだ。会話ってのはこんなにも感動できるものなんだな』

言葉が返ってくる喜び。

彼女のひとつの夢。

『これが第一歩になる。だけどまだまだ道は長い。頑張ろうぜ、ハク』

『うん…頑張るよ』

彼女の頬を雨粒が伝う。

彼女にとって初めての、哀しみでは無い雨粒。

喜びの雨だった─


部屋に戻ってきた。

『孤独。それは幸せの希望。わたしは希望を見つけ、叶えようとする者』

『…孤独。それは絶望の鐘。いつしかまた夜が訪れる。アタシには太陽が見える。だけどそれは直ぐに蜘蛛に喰われるか…沈む』

「…孤独。それは寄り添う者。人と切っても切れぬ関係。私は…君達を救いたい」

妙な機械を付けた白衣の男性。

『私が…見えるのですか?』

「ああ。見える。そしてもう1人…」

『アタシの事か?』

「そうだ。そして私は君達に謝りたいことがある」

男から伝えられた『それ』は驚かずにはいられないものだった───

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