第10話 ゴブリンなので?

 『敵は殺せ』


 先生は、いつも、そう教えてくれた。


 背後からのカデュウ音もたてぬ剣閃が、ゴブリンの首をはねた。

 隊列の左端にいたゴブリンは、何もわからぬまま、静かに息絶えた。


 その首はボスのいる前列まで飛ばされて、ゴブリン達の注目はまずその首に集まり。 ――そして騒ぎだす。

 次の行動はその首の元になった場所。

 首から下しか残っていないゴブリンの死体を見て、敵の捜索が始まる。


 しかしそこにゴブリン達の敵はいない。


 『敵は殺せ。――静かに。気付かせず』


 先生は、そう教えてくれた。静かに。静かに。意識の外から。


 今度は右端。また首が飛ばされる。

 ゴブリン達が本能的に今度こそ、と右端を向いて、敵の姿を探す。


 その過程で気付いた、剣を持つ少女の姿。

 ゴブリンがまた斬られた。アイスの剣が振るわれたのだ。

 それでも、ゴブリン達は、敵の姿を捕らえた。


「GOBUBUBU!!」


 ボス格の大きなゴブリンが命令を下す。ゴブリンの突撃合図だろう。

 ――しかし。その行動の前に再びゴブリン達は凍り付いた。


「GOBUuuuuuu!?」


 悲鳴が。ボスゴブリンの悲鳴が響き渡った。

 醜悪なその顔と眼は切り裂かれたのだ。

 潜伏したまま隅から襲ったカデュウによって。


「……GOBU! GOBUBU!!」

「うーん、失敗。やっぱり僕はダメだね」


 本来ならば首を狩る予定だったが、思ったより背丈が高く、動きを見せたので攻撃がずれてしまったのだ。

 ならば、と即座に切り替えて下段から顔を狙ったが、絶命させるには至らなかった。

 大きい分生命力も強いのだろう。


 他のゴブリン達は判断に迷っていた、特に中間にいるゴブリン達だ。

 前方後方に敵が分かれている。どちらに向かおうか、と。

 どちらかの近場にいるゴブリン達は近い方に群がっていく。

 入口に立ち塞がるアイスに近寄ったゴブリンは、次々に斬られていった。

 アイスの剣閃が早く、とりつくよりも先に斬られるのだ。


「ソト師匠、援護をお願いします!」


 群がるゴブリンを捌きながら、ソトに魔術を要請したカデュウだが、帰ってきた返事は余りにも予想外のものであった。


「金がないからダメだ!」


 金!? まさかの理由で断られたカデュウは混乱したが、うろたえている場合ではない。

 ゴブリンから少し距離を置き、ソトに事情を聞く。


「どういう事ですか!? もうちょっと説明してください、ソト師匠!」

「私は金がないと魔術が使えないんだ!」


 ……銭ゲバ宣言のようにも聞こえるが、使えないというのならば仕方がない。

 魔術の支援を諦めて、カデュウはアイスと2人で戦う方向に切り替える。

 囲まれないように動きながら、反撃で少しずつゴブリンを狩り取っていく。一度に攻撃されては2本の剣で捌くのも難しい。

 カデュウは戦士としては軽量の装備なのでゴブリンの攻撃が当たるとマズいのだ。


「カデュウ、左に行け! 一旦引き付けてから、アイスの辺りのゴブリンとぶつけろ、敵が混乱したら反転して攻撃だ」


 ソトからの指示が飛ぶ。その言葉に従い、後退しながらもゴブリン達との斬り合いに応じ、そうと思わせ一気に後退した。

 群がってきたところでカデュウはアイスに向かっていたゴブリンの群れの背後を通り過ぎる。

 カデュウを追っていたゴブリンとアイスと戦っていたゴブリン達が衝突した。

 そして戸惑いを見せたところで、アイスと同時に攻勢にでる。

 魔術は使ってもらえなかったが、ソトの指示は的確であった。……魔術は使ってもらえなかったが。




 一方。ボスゴブリンはすでに察していた。逃げなければ殺される、と。

 自分さえ生きてさえいればいつでも立て直す事が出来る、と生物の本能に従う。

 アイス達が塞いでいる道ではなく、ゴブリン達が本来使っていた別の入口へと。ボスゴブリン逃げ出した。


「あ、しまった!」


 ボスが逃げ出した事で他のゴブリン達も我先にとその逃げ道に走り出す。

 そして。


 ――ボスゴブリンが吹き飛ばされ、戻ってきた。何匹かゴブリンが潰される。

 ゴブリン達が退路として向かった先、そこから大きな身体をした鎧の戦士が降りてきた。

 兜――フルフェイス式のサレットを装着していて顔が見えない。


「――この恥さらし共が。同胞のため、俺がこの手で潰してやるわ」


 その鎧の戦士がボスゴブリンの顔面にモーニングスターを叩きつけ、その頭部はぐちゃぐちゃに潰れる事になった。

 他のゴブリンもその戦士の振るうトゲ付きの鉄棒に次々に潰されていき、ゴブリン達は死に絶えた。


 カデュウ達が倒した分も含め、30匹とボス1匹、全てが。

 洞窟内の未探索領域で他のゴブリンが見つからなければこれで依頼は完了となる。

 しかしそれよりも、カデュウ達はその人物を驚きや警戒と共に見つめていた。突然現れたこの戦士は何なのだろう、と。

 別ルートから来た冒険者なのかもしれないが、油断は出来ない。


「すまなかったな。仕事に横入をしてしまったようだ」


 鎧の戦士がカデュウ達へと謝罪を向ける。顔は見えないが、その声からして男性だろう。

 大きな男だった。重厚な鎧にサレットを被り、マントを羽織っている姿は放浪の騎士のようであった。

 ゴブリン達の血と肉にまみれたモーニングスターが、とても凶悪な印象を与えるが、カデュウ達に向けた口調は柔らかいものであった。


「いえ、ありがとうございます、助かりました。……あの、冒険者の方ですか?」


 カデュウによるお礼と質問に対し、そのままでは失礼だと思ったのだろうか、鎧の戦士はその兜を脱いで顔を見せた。


「挨拶が遅れた。私の名はディノ・ゴブ。冒険者だ」

「ゴブリンだ!?」


 ――その兜の下の顔は、見事なまでにゴブリンであった。

 この空間全体に驚きと警戒と殺意が高まっていく。敵は殺せ。カデュウの中に先生の言葉が反芻していた。

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