第11話 ゴブリンはつらいよ
「待て。待て待て待て。私は敵ではない。ゴブリンだが冒険者だ。落ち着け」
慣れた反応なのか、空気の異常を察知した鎧の戦士――ディノ・ゴブは、冒険者許可証を取り出し見せつけた。
赤い鋼のプレート、
まだ疑いは晴れない、カデュウがとある可能性を口にする。
「……死体から奪ったんですか?」
「違う。落ち着け。敵ではない。私はゴブル島出身のゴブリン、“勇者”ディノ・ゴブだ。人間達とも交流があるのだ」
その単語がカデュウの記憶に浮かび上がった。
ゴブル島。南ミルディアス地方とカヌスア大陸の中間に位置し、人間達と交易を行っているゴブリン達が住まう島だ。
この島のゴブリンは人語を理解し会話も出来る種族で、稀に大陸の方でも活動している個体がいるとは聞いていた。
カデュウの父もこの島と取引していて、島の特産品である
「ああ。あの島の。……失礼致しました。いつも父がお世話になっております」
一気に警戒を解き、カデュウは深々と挨拶をする。
「理解が早くて助かる。君は我らが島と縁があったか」
「はい。父が交易商人として取引をさせてもらっています。ゴブル島からは
「おお、ルイ・ヴァレディ氏の御令嬢か。氏には美味い食料をいつも持って来て頂いておる。国王陛下も大層喜んでおられたぞ」
……御令嬢ではないんです。面倒だから口は挟みませんけども。
「それだけの情報でわかるんですね。僕はカデュウ・ヴァレディと申します。……父はそんなに有名だったんですか?」
「無論だ。ルイ・ヴァレディ氏は我らゴブリンでも偏見なく接して下さり、食料関係では一番信頼できる商人であるぞ。御令嬢は誇られるが良い」
「褒めて頂きありがとうございます。多分、細かい事は気にしないで商機に敏感なだけな気もしますが……」
「はははは。種族を問わず、身内とは過小評価してしまうものだな。……後ろの方々はお仲間かな?」
ディノ・ゴブが様子を伺っていた他の仲間達に声をかけた。
まずソトが近寄ってきて挨拶をした。
「……はあ。これはこれは。ご立派なゴブリンでいらっしゃる」
「……ごぶごぶしてる」
挨拶ですらないイスマと、感心するような表情のシュバイニーも歩み寄る。
「ゴブリンなのに、俺よりずっとでけーな」
「カデュウ、斬っちゃダメなゴブリンです?」
危険人物がいる。アイスを制御しなくては。
「斬っちゃダメなゴブリンさんだよ。さっき散々ゴブリンは斬ったでしょ」
「人間達には見分けがつきにくかろうが、私のような顔をしているものが人畜無害な島のゴブリンだ。どうか覚えておいて欲しい」
その辺に転がっているゴブリンの顔と見比べてみた。……さっぱりわからない。
「あの……。同じに見えるんですが。出来れば見分けるポイントを教えて頂けると」
「ふうむ。難しいか。島のゴブリンは若干肌の色が濃く、目の色が青めなのだ」
もう一度見比べる。……なるほど、確かに違っていた。
普通のゴブリンは赤目だし、特にそこはわかりやすい。
「……なるほど。これならはっきりわかります!」
「これで出合い頭にスパっと斬っていい奴がわかりますね!」
アイスの発言はたまに過激だ。
「うむ。人にあだなす愚かなるゴブリンは同胞の恥さらしよ。構わず殺してやってくれ。私も率先して他のゴブリンを始末しているのだ」
確かに、人と仲良く共存している島ゴブリンからすれば、その辺の普通のゴブリンは極めて迷惑な存在だろう。
ゴブリンが悪さをするだけで自分達の評判も悪くなっていくのだから。
自分達で積極的にそういったゴブリンを狩り、冒険者として活動する事で、人に優しいゴブリンもいるとアピールしているのだ。
兜で顔を隠しているのも、人への配慮という面があるのだろうと想像できる。
「そういえばこの場合、依頼ってどうなるんでしょう。ディノ・ゴブさんも他で依頼を受けたんですよね?」
「ああ。私はミロステルンのギルドでだな。だが心配はいらんぞ。こういうケースでは依頼人自体が異なるので、どちらにも規定通り支払われる」
ミロステルン側にゴブリンの坑道が続いていたのだろう。そこで別の依頼者からたまたま同時期にゴブリン退治の依頼が来た、という事か。
「では、私はそろそろ出立しよう。良き冒険をな、カデュウとその仲間達よ」
「はい。良き冒険を」
ディノ・ゴブが去っていった。
見たところ誰1人怪我をしていなかったはずなので、今回は怪我の問題はなかった。
念の為に洞窟全体を探索したが、もうゴブリンはいなかった。
ディノ・ゴブが入ってきた側の道にいくつかゴブリンの死体が転がっていたのだ。
確認も終えて、これで目標通り根絶やしにしたと言っていいだろう。
ボスゴブリンの頭部はぐちゃぐちゃなので、耳を証拠に確保する。そしてその辺の死体を生贄に捧げ浄化魔術で汚れを洗い、準備は完了だ。
再び元来た道を戻っていく。
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