お似合いなベストカップル?
放課後になり葵は生徒会室へと足を運ぶ。すでに愛莉がきているのか、生徒会室のドアは特に抵抗することもなく開く。
葵の予想通り、愛莉はすでに生徒会室に来ていた。
キャスター付きのチェアにもたれかかりながら、机の上に積まれた大量の書類と睨めっこしていた。しかし、ドアの開く音から葵が入ってきたことがわかったのだろう。顔を上げて入ってきた人物が葵であることを確認した愛莉は、屈託のない笑顔を浮かべ、小さく手を振ってきた。
「やっほー、葵くん。ようこそ生徒会へ!」
その瞬間葵は大きくため息をついた。
「へ?急にため息なんてついてどうしたの?もしかして……本当は生徒会やだった?」
葵のため息がこれから始まる生徒会活動を憂鬱に思って吐かれたものと勘違いしたのか、愛莉は屈託のない笑顔から一転、不安そうな顔になる。
「違う違う。やっぱり愛莉が笑ってくれると安心するなと思って」
「どういうこと?」
「いや、さ。今日は愛莉のクールな顔ばっかり見てたからさ、違和感っていうか、なんか疲れちゃった」
結局今日の学園での一日は居心地が悪い、の一言に尽きた。朝ひとりの女子から付き合っているのかと聞かれたのを皮切りに、何人もの人に付き合っているのかと聞かれたのだ。葵ひとりだったり、愛莉ひとりだったら聞いてこないのに、葵と愛莉がふたり一緒にいるとそういうことを聞いてくるので面倒くさいことこの上なかった。
基本的に、葵と愛莉は学園内で会ったり話したりすることはないのだが、クラスが同じ上に席が隣同士だ。そのため、自席でゆっくりしているだけで大変だったのだ。
ただ、誰かが葵に嫉妬してみたいなことは無かったのは嬉しい誤算だった。まだ一日目なのでなんとも言えないが、今日過ごしていた限りでは目立った行動はなかったように感じる。もしかしたら、朝付き合っているのかと聞かれた時に愛莉がしっかりと釘をさしてくれたおかげかもしれない。
昼休みに蓮と一緒に学食で食事しながらした話だと、葵が特に嫉妬されたりしなかった理由は他にあったらしい。
これはあくまでも蓮が言う仮説に過ぎないが、葵が特に嫉妬されなかった理由は葵にあったらしい。
なんでも、葵と愛莉の組み合わせにみんなが納得したらしい。
葵としてはそれほど自覚がないのだが、どうやら葵も愛莉と同じぐらい学園内では有名人らしい。愛莉は生徒会長としての地位とその美貌で学園内の有名人になった。
そして葵は入試の時に一位を取り、入学式の時の生徒代表挨拶を務めている。本当はただ人とコミュニケーションを取るのが苦手なだけなのだが、頭の良さやルックスと相まってクールな雰囲気のイケメンとして捉えられているらしい。
学園内で一番有名な女生徒が愛莉だとしたら、一番有名な男子生徒は葵だとかなんとか。そのためみんなの反応としては、美少女とイケメンのカップルが出来てお似合いだなぁというのが正直な感想らしい。美女と野獣のような組み合わせならば、なんであんな奴がと嫉妬する人が出てくるが、美少女とイケメンの組み合わせだったためやっかみも少なくて済んだらしい。
そのおかげで葵も気が乗らない合コンをしなくて済んだのはありがたい話だ。
それはそうとして、今日珍しいことに葵と愛莉は学園で顔を合わせ、さらには会話をすることも多かった。しかし、それは人前でのことだ。そのため愛莉はいつも葵に見せてくれるような笑顔ではなく、完璧な生徒会長様としてのクールな顔だった。
そのため葵はずっと違和感だったのだ。愛莉なのに愛莉じゃないというような。
そんな思いも愛莉の笑顔を見ただけで吹き飛んでしまったので、葵もなかなか単純な男である。
葵の胸の内を知ってか知らずか、愛莉は変な葵くんと言っていつもの笑顔を見せてくれた。
「それで葵くん。これが片付けなきゃいけない書類だよ」
あまり時間がないのか、愛莉は話もそこそこに生徒会の仕事の説明を始める。
愛莉に言われ、葵は机の上に置かれている書類の山を見る。書類の束では無い、書類の山だ。
「……え?こんなにあるのか?」
葵は思わずそう聞き返してしまうくらいの、書類の山だった。若干引いた様子の葵の質問に、愛莉はなんてことないような雰囲気で、葵をさらなる驚愕の事実を叩きつける。
「書類はね。あとはパソコンの方で資料作成してプリントアウトするやつとか、先生たちへの確認作業や、許可取りなんかもあるね」
「……それらの提出期限っていつまでだっけ?」
「えーっと、今日までのものもあるし、明日までのものもあるけど、一番提出期限が遅いのでも……今週の金曜日かな」
「…………え、無理」
今まで葵は生徒会の仕事を楽観的に見過ぎていたようだ。いくら仕事が多くて忙しいと言っても、あくまでも生徒がする仕事だ。そこまで難しいものもないだろうし、量もないだろうし、頑張れば終わるだろうと。
ただ、今愛莉の話を聞いて、葵は悟ってしまった。これは普通に考えて終わらないと。
本能的に危険を感じた葵は、体を反転させると生徒会室から逃げ出そうとしてしまう。
「あ‼︎葵くん逃げるなぁ!」
本能的に逃げようとしてしまった葵だったが、後ろから聞こえてくる愛莉の怒鳴り声で立ち止まる。
振り返り愛莉の顔を見て、葵は大きなため息が漏れるのを止められなかった。
「仕事の量が凄いのは愛莉のせいじゃないから責める気もないが……こんなに多いって分かってたならどうしてもっと早く俺を頼ってくれなかったんだよ。このタイミングで助けを求められても……正直きつい」
これは葵の正直な気持ちだった。愛莉に頼られたこと自体は素直に嬉しい。子供の頃はよく頼ってくれていたが、歳をとるにつれて頼られることは少なくなった。それどころか、生活面で、葵は愛莉に頼りっぱなしになっていた。
だから今回生徒会の仕事が多くて困っているから助けて欲しいって言われたときは素直にうれしかったのだが、だが、流石に物事には限度がある。
お願いされて挑む仕事量が、寝食を忘れて取り組んだとしても、終わるか分からない程の量だと、どうしようもないものがある。
そんな心境の葵の言葉を聞いた愛莉は申し訳そうな表情で、心なしかちっちゃくなっていた。
いつもの葵ならすぐに愛莉に謝ったり、慰めたりするのだろうが、今日の葵は違った。今回のことについて葵は怒っているというわけではないが、愛莉に反省して欲しいとは思っていた。だからここは心を鬼にする。
「うぅ……ごめんなさい。でも、今までも一人でなんとかなってたから、一人でできるかなって思ったし、それに………………」
「……それに?」
「葵くんに迷惑かけちゃうかな、って」
「そう思った結果、俺に凄い迷惑かけてるけどな」
「うぅ……ごめんなさ――」
「でもま、俺は嬉しいよ」
葵に謝ろうとする愛莉の言葉を遮って、葵は笑う。
愛莉の屈託のない笑顔には程遠いけれども、すこしでも愛梨を安心させられたらと思って。
そんな葵の気持ちが通じたのか、愛莉はすこし表情が明るくなる。
葵は無意識のうちに手を伸ばし、愛莉の頭を撫でようとしてしまう。愛莉はそれに気づいただろうに、止める気配はなかった。
葵の伸ばしたてが、愛莉の頭に触れる寸前。
「すみませーん。文化祭の出し物の変更ってまだ大丈夫ですか?」
突然ノックもせずにひとりの女子生徒が生徒会室に入ってくる。
いきなりのことに驚きつつも、葵は咄嗟に手を動かし、書類を数枚掴む。まるで愛莉に説明を受け、書類を受け取ったかのように。
「あ!すみません……お取り込み中でしたか?」
どうやら葵の狙い通り、女子生徒は勘違いしてくれたようだ。
「いえ、大丈夫です。ところで文化祭の出し物を変えたいとのことですが、学年とクラスを聞いても?」
愛莉にそう尋ねられた女子生徒は、自身の所属学年とクラスを教えてくれる。
「文化祭の出し物ですが、いまはまだ希望段階なので変えられます。ただ、明日ごろには仮決定してしまうので今日中、もしくは明日朝早くに提出してください」
「わかりました。突然すみませんでした」
女子生徒は愛莉の変更できるという言葉を聞いて満足したのか、生徒会室を出て帰ろうとしてしまう。
「あ!ちょっと待って」
帰りそうになる女子生徒を引き止めようと、葵が声を出す。呼び止められて驚いたのか、女子生徒は一瞬止まると、振り返ってくれた。葵はそのまま女子生徒に近づくと、手に持っていた書類のうち一枚を女子生徒に渡す。
「変更するときはこの紙に書いて出してね。それと朝出す場合は生徒会室空いてないから、直接渡してもらえると助かる。俺も生徒会長も二のCだから」
「あ、ありがとうございます……」
「いいえ。呼び止めてすみませんでした。では」
女子生徒が生徒会室を出て行ったのを確認した葵はすこし深めのため息を吐く。
突然入ってくるのは心臓に悪いのでやめて欲しいものだ。
愛莉も驚いただろうと思って愛莉の方を見れば、愛莉は葵の方を見て感心しているようだった。
「葵くんすごいね。一回教えただけなのにあんなにスムーズに」
「ん?あーさっきの書類渡したやつか。あの書類渡して書いてもらって提出であってるよな?」
「うん、あってる。あってるから驚いてるよ」
あんなスムーズに動けたのは朝、愛莉が丁寧にいろいろなことを教えてくれたからだと思うのだが、どうやら感心されているようだ。
ただ葵としてはあまり感心されたり、褒められたりすると照れるので急遽話題を変える。
「あー、あんま時間もないし、生徒会の仕事やるか!」
葵はそういうと書類の束をいくつか貰い、パソコンを起動させ生徒会の仕事に取り掛かった。
「頭撫でてもらい損ねた……」
量が膨大で頑張らないと終わらないということもあって、葵は目の前の仕事に集中していた。
そのため愛莉の呟きが耳に入ることがなかった。
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