2話 プロローグ的な何か②

次の日の朝、徹夜で見張りをしていたため(見張りのせいだ。間違いない)眠たげな顔をしていた両親を前に、俺は自分を鍛えてほしいと懇願していた。


体が出来てない内から過度の筋トレは逆効果という知識はあるが、だからと言ってまったくトレーニングをしないのは有り得ない。


なにせここはモンスターなんてモノが普通に存在する世界だ。


腕立て十回でも良いし、簡単なランニングもした方が良いだろう。


そう思ってたんだけど、両親からはまずは俺が持つ知識の確認がしたいって言われたんだよな。


確かに知識のすりあわせは大事だ。


変に何でも知ってるいと思われたらアレだし。

俺にとっての常識が世間の非常識である可能性は極めて高い。


大体にして常識なんて時代や環境で変わるもんだからな。


当たり前に武器を所持してる両親を見れば、自衛の必要性もわかるし、荒れ果てた廃村っぽい街並みを見れば、俺が知る日本とは色々な事が違うのは一目瞭然だ。


そんなわけで話をしていくと。俺の知る知識はほとんど役に立たないと判明した。


さらにこの世界は異世界というよりは平行世界に近い感じだった。


もっというならあれだ、パラレルワールドとか、もしくはゲームの世界に近いのかもしれない。



――――



とりあえず現在の情勢は以下のようになっている。


今からおよそ200年前。西暦にして1999年の6月ころ。

世界に恐怖の大王……ではなく多数のダンジョンの種が降ってきたそうな。


誰がやったことなのか。

何が目的だったかはいまだに判明していない。


だが、ダンジョンの種は確かに地球の各地に降り注いだ。


その数は少なくとも百以上。当時は落下地点とされる場所には何もなく、小規模な穴が空いただけで、その穴の奥にも何も無かったそうだ。


その為、当時は小型の隕石か、人工衛星の部品がバラバラになって降り注いだとして処理されたそうだ。


うん、まぁ気持ちはわかる。NASAをはじめとした宇宙に関する専門家たちは何をしてたとか、観測はどうした? と思ったんだろう? 俺もそう思った。


俺がフォローするのもアレだけど、人工衛星ってのは技術の塊だから、自壊させて大気圏に突入させて完璧に破壊するってやり方も有るらしい。その部品が燃え尽きずに生き残って、地面にぶつかって完全に破壊されたってパターンも珍しくはない。


でもって、その場合落下してきた人工衛星に価値があるかと言われると、あまりない。なにせそれを作った時点では当時の最先端技術ではあっても、自壊させるまでには最低でも数年経ってるケースがほとんどだからだ。


つまりは型落ち品というわけだな。


そんな価値のないモノだから、わざわざ真剣に予算を使ってまで調査なんかしない。大体は地元のテレビ局辺りに金と情報をやって、奴等に取材という名の調査をさせたりする程度である。


隕石の場合は、本物ならきちんとした機関で調査をするんだろうけど、隕石が地球に落下するまでには必ずその存在は観測されている。何もない場所からいきなり隕石が現れて、大気圏を突破して地上に激突するなんて有り得ないからだ。


つまりこの人工衛星説や隕石説は、当時の知識人(自称)やマスコミやら地元の人間や、自称専門家やらの出した結論から通説となったモノであって、きちんとした真実に基づく事実ではなかった。


で、これが何だったのか判明したのが、落下から10年後の2009年。


きっかけは、世界中でモンスターの大氾濫と呼ばれる大惨事が発生したことだ。


ダンジョンモノの小説やらアニメで良くあるように、ダンジョンを長年放置した結果、内部で産み出されたモンスターがダンジョンから溢れて来たというわけだ。


それも全世界で、一斉に。

わからない話ではない。


降り注いだそれがダンジョンだっていうアナウンスもなければ目立つ入り口があったわけでもない。さらに隕石の落下跡としか思われてなかった。都市部なら穴を埋めて舗装するだろうし、田舎の場合は放置の一択であったそうな。


「放置なんて有り得るかぁ!(cv子安)」と思うのは土地が足りない都会の人間の価値観で、田舎の人としてはそんなに珍しいことじゃない。


特に日本人は基本的に事なかれ主義だし、他の国の農家の方々だって普通はそこで農業をしようとは思わないだろう。そもそも日本と違って大規模農家の比率が高いし、向こうの「大規模」は日本人の想像を越えているのだから。


つまりよほどの事がない限りは放置したり、埋め立てて駐車場にしたり、何か別の建物を建てていたって感じだったみたいだ。


そうやって普通に地面に蓋をしてたような感じの場所から、いきなりモンスターが発生したのである。


当然のことながら、世界中で多数の被害者が出た。いや、今も出ている。


いきなり現れた魔物に対抗するため、アメリカや中国、ロシアは当然のように核や水爆を使用したらしい。当初は理由こそわからなかったが、魔物が特定の地点を中心に出てきたことはわかってたから、狙いもつけやすかったことだろう。


そうして、魔物が群れているポイントに爆撃を行い、かなりの数の魔物を殺したとのこと。


それでもダンジョンを破壊できた訳ではなかったが、同時に、無意味でもなかった。何せ大量のモンスターを減らした後で、彼らの発生源と思しき穴を発見したからだ。


この穴に調査隊が入り『この穴こそモンスターの発生源である』と判明したことで、この穴がダンジョンと呼ばれることとなった。


同年、その穴に向けて軍隊が派遣されたのが世界史における最初のダンジョンアタック言われている。


結果として最初のダンジョンアタックは多くの犠牲を払い失敗したが、それでも得るものは有った。


まず穴の場所は10年前に隕石が落ちたとされる場所だった。


当時のデータを漁れば世界中の落ちた場所を特定することが出来たし、発生源と魔物の分布を見ればハザードマップのようなモノも造れた。……それを作れたのは先進国だけだったけど、造れないよりはマシだろう。


そして更に人間を後押ししたのは、当時からHENTAI国家こと日本に生息していたOTAKUと呼ばれる人たちの存在であった。


世界がダンジョンやモンスターに対して対策を練っていた頃、モンスターを目にした彼らは当たり前のように、むしろ嬉々として魔物を倒し(当然反撃されて死ぬヤツも多数居た)、その死体から魔石という魔物の核の様なものを見つけ出したという。


更にはそれが画期的なエネルギー源になることをはじめから知っていたかのように大量に収集し、研究を始め、実際に多大な成果を上げたのだ。


そして驚くべきことに、魔物を倒せば倒すほど肉体強度が上がるということも証明したのである。


いや、ある意味テンプレではあるけど、実際にやるとか。OTAKU凄ぇな!


この現象は後にレベルアップと呼ばれることになるが、レベル1だのレベル2だのという具体的なステータス表記はされない。


そのため彼らは握力とか百メートル走のタイムで、ステータスを表記するようにしているらしい。


具体的な例を挙げるとすれば、握力100キロから150キロで力がEランクとか、そんな感じ。


更にモンスターを倒したときに装備していた装備品も強化されることがわかり、飛び道具よりも近接武器の方が尊ばれることになる。


そうこうして、モンスターに対抗する策を得た日本はその技術を世界中に広めたらしい。(もちろん有料で)


その結果、喰うために人間を狩るモンスターと生きるため命(魔石)を奪う人間の戦いが始まったそうな。


それから150年以上経ったのが今である。


様々な技術の革新や、特殊な技術の考案により、人間はそれなりに生活圏を取り戻しつつあるが、それでも俺が知る世界のように無防備に都市の外を出歩けるような状況ではないらしい。


科学技術に関しても軍事技術は発展したけど生活に関することでは進歩はあまりなかった。


魔石から生まれるエネルギーは従来の石油や、各種発電施設から生まれる電気に代換出来るものだったが、だからといっていきなり魔石を中心とした製品に換えることなど不可能だったからだ。


電気族とかいわれた国会議員の邪魔は当然あったし、発電所とかガソリンスタンドが無くなった場合の雇用問題や、魔石が採れなくなった場合の技術的な保険も必要になると判断されたからだ。


言いたいことはわかる。


ガソリンスタンドとかは原油が輸入出来なきゃ意味がなくなるからまだしも、いきなり現れた魔石なんてモノに国内のインフラを全て賄わせるのはかなり危険だ。


いきなり出てきたモノは、いきなりなくなる可能性もあるのだから。


そのため日本の政府は魔石を直接のエネルギー源ではなく、電気を創るための源にしようとした。これなら魔石や油が無くなっても、従来の水力や原子力でも電気を創れるからだ。


それらの開発やら何やらが優先されたこと。そもそもその科学技術はエネルギー源や軍事面に力を振られたことが原因となり、俺が居た世界のようにトイレや電子レンジ、テレビやエアコン、さらにはスマホなどといった、所謂家電製品を必要以上に改良することはなかったようだ。


快適な生活より、まずは生き延びることを前提にしたんだから当然だろう。

実際に国は食料自給率を上げるための畜産やら農産用に重点的に力を注いだらしい。


その結果、日本では空中栽培みたいな技術が発達した。ビオトープみたいな感じで、都市内部の限られた狭い土地でも地下や高さがある建物を作り、農作物の生産量を跳ね上げることに成功したのだ。


ダンジョンから出てきた魔物と種族間戦争をしながら、軍事技術開発を行い、エネルギー革命をおこし、さらに旧来の電化製品との接合性も得て、食料事情まで改善である。


そりゃ発展するモノとしないものがはっきりわかれるってもんだ。ちなみに人が住む都市については、見せてから話すって言われたから今の俺には良くわからない。


地下都市みたいな形になってるのか、それとも古代中国みたいに城壁が有るのか、壁に巨人が埋め込まれてるのか。


とりあえず、都市についての考察は良いとして、次は今の両親や俺の状況だ。どうやら両親は都市から追い出されたとかではなく、外に出てモンスターを狩るのが仕事らしい。


こうやってモンスターを狩って数を減らしたり魔石やら何やらを集めることを生業としてる人たちは狩人ハンターと呼ばれるらしい。


昔は各々が勝手にやっていたが、今では各国が狩人ギルドの様なものを作り、モンスターから獲れる魔石や部位を研究したり、モノによっては装備品に加工したりしているそうな。


飛び道具よりも近接武器の方が尊ばれるのになぜ父さんが銃を使っているのかといえば、父さんが持つ武器はただの銃ではなく、銃剣と呼ばれる近接戦闘も出来る武器だからだ。


離れた小物を倒す程度なら普通の飛び道具でも可能だったし、なにより銃のような飛び道具でモンスターを倒しても装備品が強化されることが判明していたので、狩人の中には銃を持つ人も少なくないんだとか。


弾丸が強化されても意味が無いように思うかもしれないが、さにあらず。


銃身が強化されれば、それだけ銃剣としても使えるようになるし、威力の有る特殊な弾丸を使うには銃身にも一定以上の強度が必要になるらしい。


同じように弓使いも存在する。肉体に合わせて弓の本体(名前がわからない)と弦が強化されればその分威力が出せるし、特殊な矢による攻撃は空を飛ぶ大物すら狩る事が出来るとか。


……俺がいるのは空飛ぶ魔物が普通に存在する社会らしい。

知れば知るほど人生の難易度が上がっていくような気がしてならない。


だけど、必要なことを知らなければそのまま死んでゲームオーバーだ。


母さんが使ってた生体兵器みたいなのを使えば空を飛ぶことも不可能じゃないらしいが……まぁそれについては後だ。完全にロマンと趣味全開の装備だが、きっちり効果が有るから手に負えない。


俺の目の前にはOTAKUに時間と金と素材と大義名分を与えればどうなるかって答えが目の前に有る。当然ただの趣味じゃなく、生き残るための武装だから、ロマンよりも性能重視ではあるが、滲み出るロマンは隠しようがない。


なんにせよ、だ。この世界はモンスターが溢れている世界なのだ。


そんな世界でも、俺は生きるためには何でも使う。


何の為に生きるのかって? 理由なんか無いよ。どこぞの主人公も言っているじゃないか。死にたくない。だから戦うのだと。


生きる理由についてはさておくとして。


俺の持つクソの役にも立たない記憶(知識)の中でも、喜ばれたのがいくつか有る。


まず基礎的な礼儀作法とトイレやら何やらの使い方の知識。


さらに簡単な数学や国語の知識だな。幼少期の面倒な時期が無いというのは大きい。文字に関しても、文法がちょっとアレだが、使われてる文字は平仮名、カタカナ、漢字、アルファベットとそんなに変わってない。


むしろOTAKUの大半が日本人だったから日本語が世界でも多く使われてるとか。


そういった基礎知識以上に喜ばれたことがある。それは……。


「死にたくなかったら鍛えろ」

「勉強は若いうちからやれ」

「若いうちから資格を取れ。働きながら取れると思うな」

「他人が持ってくる儲け話は全て詐欺だ」

「家族以外のヒトを信じるな。数字を信じろ」

「ギャンブルをやるなら胴元になれ」


といった、教訓めいた知識が最初からインストールされていたことだ。


……一体俺の前世に何があったんだ?


とりあえず、何かあった際に自立出来るよう、若いうちから勉強しておけってことだろうが、あまりにも不穏すぎるのではなかろうか。


「いやぁ、本当に助かるわ~。普通は子供にそういうこと言っても実感がないからわからないじゃない? かえって反抗しちゃってグレても困るなぁって思ってたのよね」


笑いながらそう言って頭をかく母さん。

どうも身に覚えがあるらしい。


「だな。今になれば言ってることは正しかったと理解出来るが、当時はそんなこと言われても『うるせぇ』としか思わなかったぜ」


父さんもうんうんと頷きながら同意している。

この人はまぁ、心当たり多そうだよな。


「ま、それは良いとして。それじゃあとりあえずこれからはお前も鍛えることにする。鍛えるといっても筋肉云々は鍛えすぎれば成長を阻害するかもしれんらしいから、魔物を倒すのを優先するようにしよう。そっちの成長は筋肉とは別物だって話だからな」


父さんが膝を打ってそう宣言した。

その内容に異論はない。


ガキの頃から鍛えすぎれば、周囲から怪しく見られるかもしれないけど、それでも子鬼に食われて死ぬよりはマシだ!


そう思った俺は両親に頭を下げて教えを請うことにした。


「よろしくお願いします!」


あんまり他人行儀で硬いのは嫌かもしれないけど、礼儀はしっかりしなきゃダメだ。


この人たちは紛れもなく俺の両親だし、普通に鍛えてくれるんだろうけど、今の俺ってかなりアレじゃん?ならばいっそのこと親としてじゃなく、師匠として厳しく鍛えて欲しいって思ったんだ。






―――


世紀末を通りすぎて更に次の世紀末を越えた世界。ここが異世界なのか、それとも近未来なのか。そんなのはどうでもいい。


俺は生きていくと決めたんだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る