狐と剣士〜江戸小日向試衛館〜

濱口 佳和

 何故なにゆえ、その幼子おさなごの命まで奪ったのか。


 親兄弟さえ裏切る、戦国の世であったことが言い訳になるのだろうか。


 おのれのさもしい望みのために、見栄のために、きっさきを小さな身体に突き立てた。驚いて見開いた目を見ず、声をたてる間もないよう、引き抜いた刀で首を刎ねた。血飛沫をあげながら転がっていくそれと、座った胴体から吹き上げる見慣れた血の色に、その時、ようやく我に返った。


 一瞬で興奮が覚め、おのれのしでかした結果に震えが走った。刀を投げ捨てようとするが、血糊で貼りついたのか、指が硬直していたのか、何度振っても離れない。


 つい、先ほどまで無邪気に笑っていた幼子の、空を掴むように曲げられた小さな指から目を離せない。


 おのれの所業を見届けた誰かが、側でなにかを囁いていた。

 天晴だの、所領安泰だの、お館様への手土産だの、今となってはどうでもよいことを並べ立てている。


 その喚きを消したくて、手を振った。


 噴き出した返り血に、おのれの刀の行先を見る。

 足で蹴り倒し、刀を抜いた。

 走りながら、全身で吠えていた。


 そのあとどうして居館を抜け出し、追手を振り払って逃げたのかわからない。


 風の便りに、おのれの領地が報復され、多くの民が無残に死んだと聞いた。


 果たして、あれからもう幾年過ぎたのか──。


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