タイトルなし

1-1



目の前に行く先を塞ぐように馬車が止まった。

観音開きの扉には金で王家の印を箔した、無駄に豪華で、この場に相応しくない馬車。

そこから出てきたのは


「ああ、公爵、奥方様。────── それと、令嬢。ご家族で買い物ですか?」


私はオマケのようね。

後から取ってつけたように言われたわ。


「────── どなた?」

「ト・アール国の第三王子ですよ。お名前は……」

「奥方様、私から」


そう言ったこの無礼者が私の手に触れようとしたから、手を後ろに回して三歩下がる。

これは女性側からの拒否。

当たり前だ、手に触れていいのは婚約者のみ。

初見の相手に手を触れるなど、であっても無礼に当たる。


「お父様、お母様。私、この男に無礼を働かれたわ」

「い、いえ。私は……」

「初見の相手の手を取るのはたとえ国王陛下でも無礼に当たる行為。なれなれしくしないでくださいな」


私の言葉に周囲の目線が男に突き刺さる。

男性たちは連れの女性を守るように背中に隠す。

その仕草で、自分が敵意を向けられていることに気付いたようだ。

跪いたまま動くこともできない。

立ち去れば『逃げた』とみなされる。

それも王家だとわかる格好であり、お母様が「ト・アール国の第三王子」と言ったのを聞いた人は多数。

すでに後から来て事情を知らない人にまで「ト・アール国の第三王子が令嬢に無礼を働こうとした」と広がっている。


「あなた、私に挨拶したくないクセに何を考えてるの」

「え? いえ、それは……」

「ではなぜ、両親と一緒にいる私の顔を見て、嫌そうに表情をゆがませて『令嬢』って取ってつけたように言ったのかしら?」

「そのようなことは……けっして」


一瞬睨まれたため、ムカついた私は遠慮なく恥をかかせることにした。


「間違いを指摘すれば睨みつけて……何やら口が動いていたけど、呪詛でもかけたのかしら? でも私、公爵家の娘ですから『呪詛返しの魔導具』を身につけていますわ。あら? そんなに震えて、脂汗まで……」

「お下がりください!」


護衛騎士たちが名無しの第三王子を地面に叩きつけた。

ああ、汗と涙と鼻水と涎で顔がグチャグチャですわ。

そして急にのたうち回ったかと思うと白目をむいて、舌を口からはみ出させて砂だらけにして気絶した。


後ろ手でかけられた手錠は魔法を封じる道具。

強力な呪詛をかけたんでしょうね。

人へ向ける恨みも憎しみも呪詛なんです。

もしかして「殺してやる」とでも仰ったかしら?

それはあなたにはね返った結果、死病という形であなたの生命を刈りとるでしょう。

─── ご両親である国王と王妃にも、死病とまでいかなくても『息子が呪詛をかけた罰』がでてるでしょうね。

その場合、呪詛返しは効きませんわ。

だって出した呪詛もの返品かえされただけですもの。




♦♥♦―――――♦♥♦―――――♦♥♦―――――♦♥♦―――――♦♥♦




「あ、少しよろしいでしょうか?」


急に呼び止められた。

見ず知らずの相手に声をかけられて真面なことはない。


「お顔、が、その……あまりよろしくないようですが」


『顔が良くない』って、平たくいえば『ブサイク』と侮辱したことになる。

周囲でも驚いた表情をしているから聞き間違いではなさそうだ。


「余計なお世話かもしれませんが、気になりましたので。こうしてお会いしたのも何かの縁です。少しゆっくりしていきませんか? 私でよければ話し相手に」

「余計なお世話で、迷惑です」

「え……? いやしかし。ご自身では気付かれないようですが、本当にですから」


周囲は騒つくが目の前の男は引き下がらない。

二度も『やい、ブサイク!』と繰り返されて腹がたった。


「なんて失礼な方なのでしょう」

「自分のツラを鏡で見てから言えって」

「あら、失礼よ。あの顔を映した鏡はヒビが入るか、砕けてなくなってしまうのですわ」


うーん、周囲はすごいことを話している。

でも、目の前の人はそんな話が耳に入っていない様子。

それも爽やかとはいえない……ニヤニヤという言葉が似合う笑いをみせている。


「先程よりさらに悪くなっております。無理せずあちらの空いている席でお休みになられては……」

「触らないで!」


手を伸ばされて思わず振り払う。

同時に護衛騎士たちが男を捕らえて地面に押さえつける。


「わっ! 私を誰だと思って……!!!」

「知りません」

「─── え?」

「無礼者に名乗ってもらう気はございません」

「ほ、んとに……私が誰か知らない、と」


男が周囲を見回すが、周囲にいるのはその姿から貴族籍を持つ者たちと思われる。

そんな彼らが首を左右に振る。


「ねえ、どなたかご存知?」

「いいや、見たことはないぞ」

「あちらの女性は公爵家の御令嬢ですが……」

「ええ、この男は存じませんわ」


自分が周囲から認知されていないと知った彼は青ざめる。


「さんざん、私を侮辱した罪は重いですわよ」

「ぶ、侮辱などいたしておりません!」

「それではすべて本音だと?」

「はい、私はあなたのことを心配して……」

「あなたなんかに心配してもらう謂れなどありませんわ!」




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