1-2


異国の第三王子が死病で身罷みまかられた。


女遊びがすぎた彼は、自国に戻されることになった。

その前に、以前から気になっていた公爵令嬢を無理やり連れ帰ろうと策略し、帰国の前日に決行した。

両親と病院へ慰問に行った帰りの公爵令嬢を見つけて前に躍り出た王子は、公爵令嬢の手を取り魅了の腕輪を起動して、一目惚れしたように操ろうとこころみたものの、触れることすら拒否された。

その国では異性に触れるのは無礼にあたる行為だとは知らなかったのだ。

拒絶されたことを恨み、公爵令嬢に向けて呪詛うらみを口にした。


その国の上位貴族は『呪詛返しの魔導具』を身につけている。

呪詛憎しみは放った本人に返り、父母に……国王陛下と王妃陛下にも降りかかった。

─── 死を呪ったのだろう。

しかし、死の痛みに苦しみながらも数年は生きられた。

王太子にも死の呪いが降りかかった。

彼は四十代まで生き、我が子に譲位して果てた。

ほかの王子や王女たちも軽度とはいえ呪いを受けた。

運のいいことに、呪いは子孫にまで手を伸ばさず。

よって国の滅亡には至らずに済んだ。



しかし、彼らは知っている。

第三王子は死病で身罷ったにもかかわらず、その魂は聖域の国墓に埋葬されず捨て置かれた崖の淵で嘆き続けていることを。

愚かな自身の行為で、両親や兄弟姉妹まで呪われた。

その怨嗟の声は第三王子の魂へと還る。


第三王子の魂に安らぎは与えられない。

その身を『呪いの代償に捧げた』のだから。



その国では『王族を滅さんとした愚かな王子』として永遠に名を残すこととなる。




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その国が地上から名を失ったのは、王族の男の言語能力が足りなかったことが原因だと言われている。

その男は異国で令嬢に対し「お前はブサイクだ」と罵り続けた。

さらに「空いている席に座って見せ物になれ」とまで言い、無理矢理連れて行こうとした。


本人は自国の言葉で身の潔白を訴えた。


「『顔が悪い』と罵ったのではない! 私はと言いたかっただけだ!」


言い間違いも二度繰り返せば侮辱ととられても仕方はないだろう。


「私は近くの空いている席に座るように言っただけだ!」


その席は、出会いを求める若者たちの喫茶店。

貴族令嬢に対してそんな店のテラス席に座れ、という辱める行為を強要したことは国家の威信に関わる問題だ。


その王族の男は軽いナンパのつもりだった。

自国では許されていた、いや『王族というだけで黙認されていた』行為。

しかしそれは異国では許されない行為……


「王族だから、国内だからと見逃されていた行為ことが、なぜ国外でも許されると思っていたのか。というのに」


おかげで我が国は低俗な国との烙印を押された。

そう嘆いた国王。

学園を卒業して成人となったため、王子から臣籍降下した男。

毎年王族維持費から生活援助費が支払われるのをいいことに遊び呆けていた。


「王籍から外れて3年で打ち切られる。その間に、生活を安定させなければならぬというのに」


すでに援助費は打ち切られた。

だからこそ、ナンパをしてはその女性の家に転がり込んで遊んで暮らしていたのだ。


「はぁ……。公爵家筆頭の令嬢に訴えられて、なんとか慰謝料は支払えたが……国境は封鎖された。周辺国も倣って国交を打ち切られた。この国は自給自足では成り立たぬ。国民を生かすため、国を明け渡すこととなるだろう。それほど遅れずに私も王太子たちも其方そなたの後を追うことになる」



男は平民として公開処刑された。

絞首台に引き出される男に石や暴言が飛び交った。

処刑前に投石により片目を失い、刑死後に晒された屍体は投石により1時間で激しく損壊したため処刑台と共に焼き払われたという。




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貴族街の一角にある喫茶店。

ここは学園に近いという理由から、学園に通う令嬢たちのお気に入りの場所となっている。


「ねえ。お聞きになりました?」


少女たちは目の前のパフェを共同で攻略していた手を止める。


「二国の愚かな王子たちの末路を」


少女たちが瞳を煌めかせて笑う。

不幸になった彼らの末路を喜んでいるのではない。


「『純愛を妨害する王子たち』に相応しいですわ」

「ええ。読み終わったときはスカッとしました」

「次回はとうとう最終回フィナーレですわね」


彼女たちが話しているのは、最近人気の恋愛小説。

国をまたいで愛を育む恋人たちの愛と、それを妨害するように現れる他国の王子たち。

その作品も、少女たちが言うとおり次回が最終話。

今回の出版で、誘拐と呪詛に手を出した王子たちに『ざまぁ』が行われたのだ。


少女たちは、そのストーリーの結末を知っている。

実話を元にしたその恋愛小説は、最後の最後に最大の妨害が入る。

国王が令嬢を所望したのだ。

その魔の手を令嬢の父である公爵が討ち果たすことで止めた。

公爵は国王とは従兄弟の関係である。

もちろん王位継承権を持っているものの、国王にはつかなかった。


「血で染めた玉座に私が座るなど出来ぬ」


簒奪者として奪った玉座を『血で染めた』と表現した公爵は、息子に爵位を譲って表舞台から去る。

その手を血で染めても守りたかった娘の幸せを見守りつつ、安らかに往生した。

令嬢は愛する人と結ばれ、幸せな一生を閉じる。


作者は彼女の子孫だ。

旧国となったその国の最後の1年。

それは歴史書に散見しているものの、詳しいことがあまり知られていない。

それが、旧国の王族だった祖先の日記から 紐解くことができた。

もちろん、王子たちの国の歴史とも付き合わせて、間違いがないかを念入りに調査され……

いま、小説として発表されて人々に知られることとなった。


事前に発表されても、当時のことを知りたいと言う物好きは少ない。

過去は過去なのだから。


そこで、裏側にあった恋人たちに焦点スポットをあてて発表された。

それに少女たちが飛びついた。

実在した恋人たちの話なら、それだけでその時代の歴史が覚えられるという利点もある。

人気作、それも恋愛小説なら、お茶会でも話にあがる。

男性、特に子息たちからは『恋愛指南書』として人気がある。


こうして知られた旧国の歴史。

旧国といっても、令嬢が愛する人と結ばれる際に両国も結ばれたのだ。

……それがこの国である。


国民を生かすために国を明け渡して、それでも貴族の末端として生き恥を晒した国王をはじめとした王族たち。

そんな彼らの子孫の中で「先祖は国民を守るために国を明け渡した元王族だ!」と高飛車な態度だった子息令嬢たちは、国を明け渡した真の事情を知られて横柄さが小さくなった。


呪いによって滅亡しかけた小国は現在、共和国として主に観光業で国を維持している。

今なお王子が嘆き悲しんでいるという崖がある峡谷も、小説によって観光地として人気が出ている。

そこには『罪深き者が近づけば谷底へと吸い込まれていく』といういわく付きの崖がある。


「愚かな王子が仲間を求めている」


そんな眉唾物の伝説が、小説によって事実だと裏付けされたのも大きな理由だろうか。



少女たちが楽しみにしている恋愛小説の最終巻。

雲外蒼天という言葉どおり、周囲の助けの先で幸せをつかんでいるだろう。

実在した彼女たちのように。




〈了〉

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