番の本能

私はラッキーだった。

学園に入学したと同時に感じた『つがいの匂い』。それは生徒会長のサルファ様から漂っていた。

サルファ様も『番の匂い』に気付いたようで、私を見て驚いていた。


私たちには『番が見つかった獣人は速やかに獣人国に戻り結婚をすること』という獣人独特の法がある。私はすぐに獣人国へ行って結婚をしたかった。しかし、サルファ様には婚約者がいた。

仕方がないわよね、上位貴族なんだから。学園に入る前に婚約者を作って害虫おんなを追い払う必要があるんだもの。


貴族院で婚約解消の手続きがあるって言われたわ。

でも、それが済めば、晴れてサルファ様は私のもの。

私だけのもの。


控え室で待っているのに、何時までかかっているのかしら。

あの女がゴネているのかしら。

そうよ。絶対そうだわ。だってサルファ様はカッコよくて、成績優秀で、生徒会長で。

だからあの女、手放したくなくてゴネているのよ。


イラついていたら、気付いたら爪を噛んでいたわ。爪がガタガタになったじゃない。

それに気付いたら、さらにムカついたわ。

一体何を時間かけているのよ!書類に名前を書けば終わることでしょう!?


・・・乗り込んでやろうかしら?「早く婚約解消しなさいよ!」って。

そして一発ぶん殴ればすぐに婚約解消するわよね。そうよ。もうすぐ『私の旦那様』になる方に何やってるのかしら。


乗り込みに行こうと立ち上がったら、ちょうど「獣人国からの馬車が到着致しました」と声がかけられた。それと同時に、あのムカつく女と話し合っていた部屋からサルファ様が出てきたわ。


「ん、もう。遅かったですわね。あの女がゴネたりしたの?そうだったら、ちょっとぶん殴って来るわ」


「あ、いや。そうじゃない。書類に署名をしてから貴族院の職員に不備がないか確認を受けていただけだよ。それに、部屋に入ってから20分もかかってないから」


「20分でも長いですわ!」


「しかし、これから獣人国に向かうからね。書類に不備があればもう一度此処まで来なくてはならないんだ。そんな面倒を考えれば、20分なんて大した時間じゃないさ」


「そうね。もうこんな国にいる必要はないのだもの。さっさと出ていきましょ。さっき、獣人国から馬車が着いたって言ってたわ」


「じゃあ、さっさと行こうか。ディレイナあの女なんかに邪魔されたくないからな」


サルファ様の熱い視線を受けて、私は心の中であの女に勝ったことを確信して微笑んだ。






親の存在すら忘れて馬車へと向かう2人の後ろ姿を、サルファの両親は悲しげに見送った。

話をしていく中、息子の目から理性が消えて本能だけになっていくのを見ていた。サルファがディレイナに言った「貴女を本当に愛していた」という告白は真実だ。そんな思いですら『番の本能』は消し飛ばして、見下す発言をするようになってしまった。


獣人国からの馬車は謂わば『護送車』だ。『番の存在』はそれだけで罪だ。

・・・すでに理性を投げ捨てたあの二人は、これから『愛の巣』という名の牢獄に囚われ管理される。


他国に。ディレイナに。迷惑を掛けないために。


「我々の息子は・・・死んだ」


「そうね。でも、私たちにはまだ子供たちがいるわ」


「ああ。残された子供たちを大事に育てよう。・・・アレの分も」



サルファに「番が現れた」と聞いた時点で、すでに転居の支度は済んでいる。引継ぎは執事たちに任せてある。何よりディレイナは領地経営を教えてあるため心配はしていない。残っているのは、サルファの弟妹の『心の整理』だけだ。二度と会うことは出来ない別れ。それを思うと、サルファの時と別の悲しみが胸に広がったのだった。

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