獣人国の処刑 ✻



【 獣人族の事情 】にあった過去話です。





「人間が階段から突き落としたら簡単に死ぬなんて思わなかったんですぅ」


つがいの兎種令嬢はそう言って泣きじゃくりましたが、殺害されたのが王家の血を引く公爵令嬢。子爵家の令嬢は翌日処刑が実行されました。国外追放・・・獣人国への強制送還になるはずだった兎種令嬢でしたが、身柄の引き受けに来た獣人国は『友好国との関係を壊し反乱を引き起こした大罪人』として、兎種令嬢を自国で処刑したのです。

その時は番たちと両家の家族、彼らに付随するものたちが「公爵令嬢が番の関係を邪魔したために番は出会うのが遅れた。だから番の令嬢に殺されて当然」と言って反乱を起こしました。同じ獣人たちに取り押さえられましたが。

他の獣人たちは『番に振り回されず正常な思考回路』だったから、反乱に加担しなかったのです。



獣人は『獣の本能』と『人間の理性』を持って生まれます。ですが、気の荒い肉食種の獣人には理性がないまま生まれる獣人もいます。『先祖返り』とも言われています。『人に近い姿』ではなく『ケモノ』だそうで、コロッセオの地下で『飼育』されているのです。兎種令嬢はそんな獣人の食用エサにされることになりました。・・・生きたまま。


彼女の処刑の前に、反乱を起こしたものたちが生き餌にされました。彼らは素手ではあったものの、数人の獣人を殺し十数人の獣人を再起不能にしました。肉食でも弱かったり幼い獣人たちは、殺されたり再起不能にされた獣人を食していったが、その倍の獣人たちにひとり、またひとりと捕まり、生きたまま骨まで貪られた。


次に番の家族たちだった。

『守られるのが当たり前』の彼らはただ逃げ回るだけだった。襲われそうになれば、そばにいる者を身代わりにした。それこそ我が子であっても。自分が助かるためなら誰が犠牲になろうと関係なかった。

もちろん、いつまでも『身代わり』がいるはずもなく。簡単に捕まり、身代わりにしてきた家族と同じ末路を辿った。


その次は番の男性だった。

・・・彼はすべてを諦めていた。『番の本能』に任せて行動し、家族だけでなく親友たちまで巻き込んでしまったことを後悔していた。冷静になれば、子爵令嬢が王家の血を引く公爵令嬢を殺害したのに国外追放処分で済まされたのだ。だったら自分も番と一緒に獣人国に戻ればいいだけだった。

温情を無にしたのは自分たちだ。


「最期に言うことはないか」


「彼の国に。『温情を無にして申し訳なかった』と」


その言葉に兎種令嬢は発狂した。


「目を覚まして!貴方は騙されているのよ!」


「いいや。俺は騙されていない。『番だから』との理由で公爵令嬢を殺害して許される話ではない」


「あの女は『私の番』に手を出したのよ!」


「それはただの嫉妬だ」


「違うわ!」


「じゃあ、キミは先に死んだ彼らとどういう関係だ?」


「・・・ただの『お友達』よ!」


「俺たちも『ただの幼馴染み』だ」


「違うわ!」


「違わない。実際、俺たちは婚約解消後、話したのは数回。役員会の関係で。それも・・・『二人きり』で会ったことは一度もない。彼女は必ず複数人で人の目のある場所で会っていた。だから、キミだって俺たちが会っていたことを知っているんだろう?」


兎種令嬢は悔しそうに唇を噛み締める。そのゆがんだ表情を見て、「何故、狂おしいほど愛していたのだろう」と思っていた。


「では此方へ」


そう言って連れて行かれたのは闘技場の中ではなかった。


「俺たちのせいで死んでいった者たちのためにも死んで罪を償いたい」


「生き恥を晒せ」


彼の前に現れたのは『彼の国の王』と『獣人国の王』。

これから発布はっぷされる法の『愚かな番の生き証人』として生きて罪を償えといった。


彼は『番の恐ろしさ』を伝える生き証人として生きる道を選んだ。




その裏で、兎種令嬢は闘技場に落とされていた。

左手と両足を噛みちぎられたが、すでに腹を満たしていた獣人たちは、そのまま地下へと帰っていった。

『食い残し』としてその場に残された兎種令嬢は、その姿のまま放置されていた。その間に番の法が発布されて『愚かな番の成れの果て』として檻の中で『飼育』されることになった。


強靭な肉体を持つ獣人は簡単には死なない。・・・死ねない。

彼女の目の前に『番の相手』が現れると狂ったように「貴方を愛しているのよ!」と喚き、女性が隣に立っていると「目を覚まして!その女に騙されているのよ!」「貴方を愛しているのは私だけよ!」と騒ぐ。


彼女の目はすでに番の相手を見分けられていない。男性はすべて『愛しい相手』であり、女性はすべて『愛しい相手をそそのかす悪女』だった。



彼女の愛した番の男性は、遠くから四肢を失っても『じぶんと結ばれる未来』を信じる彼女の狂気を目の当たりにして、二度と近寄らなかった。


神に仕え、亡くなった人たちの冥福と番の兎種令嬢の心の安寧を祈り捧げたいと望んだが、希望のぞみは叶えられなかった。彼もまた『生きた罪人』なのだ。自らの罪を償うのに安らぎを求めるのは間違いなのだ。


彼らは神に『死の安らぎ』を贈られることなく、500年経った今でも獣人国で生き恥を晒して生かされている。

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