第18話 魔法使い、宣戦布告する

「ははっ、気に入った!! よくぞ吼えた!! じつは、オレも気に入らんだのよ。いくら魔族の軍勢に押されようとも、帝国は帝国。武力をもって他の国々を併呑してきたのが我らが帝国よ。劣勢にあるからとシーラ様を斬るような弱腰を見せれば、内乱が起こり崩壊は必定。目先の利益と己の保身しか見えぬ無知蒙昧なる文官どもには、その暴力の道理が、決してわからんのだ!!」


 片膝をついていたバレウスが立ち上がると、宮中作法を脱ぎ捨てた彼は、一回りも二回りも巨大なすがたに見えた。武威を隠すところのない、いまのすがたこそが、彼本来のすがたなのだろう。


 豪放に笑い、不敵に唇をゆがめる。

 その暴論は、時代錯誤もはなはだだしいが、嫌い、とは思えない男だった。


「力こそが帝国!! 力こそが帝国たる証!! 女子供を犠牲にして生きのびる小賢しい策など、どうして選べようか!! 陛下が病床にあるのを良いことに、かの薄汚いネズミの宰相めが勅を出したに決まっておるわ!!」


 口にすることは過激、だが、シーラに向けるのは優しい笑顔だった。

 戦いの意思など欠片も感じさせぬ、老いた男の優しい笑顔だった。


「では、バレウス様。私たちは争い、無為に血を流さずとも良いのですね?」


 バレウスの手が伸びた。

 合意と好意をしめす握手ではない。

 彼女の言葉をきっぱりと拒絶するように、手のひらを向け突きだしていた。


「……皇女殿下、それはできん。我らは一戦、やりあわねばならぬ。己はもはや老いぼれなれど、帝国に仕える騎士のひとり。陛下の勅あらば、従わねばならぬのだ」


 そうもいかんのだ。

 軍人という奴は、自分自身で戦う相手を選ぶことは許されないのだ。

 国家の命令に背いたなら、それはもう軍人ではなくただの賊なのだ。


「それに、だ。この老いぼれ程度の危難を潜り抜けられぬようでは、魔族の追手から逃れられようはずもない。いずれ囚われの身となり魔王や魔神が復活を果たせば、これは世の大災。こればかりは認められぬ。シーラ様……。帝国の皇女として、武力をもって自身の生きる道を切りひらかれよ!!」


 言葉はシーラのほうを向いているというのに、その眼光は、俺の方に向けられていた。たしかに、王が最強の兵である必要はない。どころか、たいていの遊戯板では、王の駒は最弱のほうから数えたほうが早いくらいの存在だ。


 その扱いを許すということは、王たちもまた、自身の立場をわかっているのだろう。


 王は動かず兵たちに守られ、また、逃げる。

 死んでは殺し、殺しては死んでの戦いとは、将軍や兵士たちの領分なのだ。


「ペルシア!!」

「は、はい、バレウス様!」


「よく、仕えるのだぞ。怠けるな、おまえの悪い癖だ」

「バレウス様……」


 彼の大きな手が、ペルシアの頭を鷲掴みにしていた。

 首ごと頭がぐりぐりと動いているが、あれで、撫でているつもりなのだろう。

 バレウスとペルシアの関係を俺は知らないが、もとは相当に深い仲であったのだろう。


 ペルシアが瞳に涙を浮かべ、思わず動いた指先が彼の服裾を掴みかけ、それを拒絶されては涙をこぼした。もはや、敵なのだ。心と体はそばにあっても、関係はとてつもなく遠くに離れてしまったのだ。


 俺は――、また、蚊帳の外だ。

 彼女たちと長くを過ごした気ではあったが、まだ、4日目だ。

 いや、生まれ変わってから4日間ということは、ほぼすべての時間になるのか。


「…………」


 バレウスの目が俺を見た。

 挑発的な、見下すような、己のほうが強いと言わんばかりの雄の目だ。

 いいだろう。乗ってやる。老いぼれ風情が、調子に乗るな。


 凶暴な笑みが浮かんでいた。これは好意を示すものではない。ましてや悪意を示すものでもない。自身の敵を見定めたときに男が見せる野蛮な笑みだ。きっと、俺の顔にも浮かんでいる。


 視線が外れた。


「今夜、月が頂上にのぼったとき、夜襲をしかける。降伏するなら、それまでにしろ」

「月が雲に隠れてしまったなら、どうする気だ?」


「隠れぬ。天上の神々は、そこまで無粋ではないからな」


 まるでなにかの確信があるかのようにして、バレウスは言い切る。ブラフか、あるいは傲慢か、どちらにせよ不敵な挑発であることに変わりはない。そこまで、俺にやる気を出させたいらしい。


 しかし――やってくれる。

 この状況では、背中を向けて歩き出した彼を後ろから襲うわけにはいかない。

 正々堂々など糞くらえ俺だが、シーラとペルシアの信用を失うわけにもいかなかった。


 なかなかどうして、計算なのか、直感なのか、老境の騎士は盤外の戦場にも長けているようだった。

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