第16話 魔法使い、剣を教える

 広場の中央に立つシーラの手には、細身の曲刀が握られていた。


 彼女を中心にして、俺は円を描くように歩き回っていた。




「自分よりも長くの時を訓練した者には勝てない。それが道理だ。初心者は達人に勝てない。この常識を覆すための技術が、奇襲攻撃や不意打ちといったブラフになる。剣先が下がっているぞ、常に直線を維持しろ」




 細身の剣だが、それでも金属の塊であり、遠くに伸ばすほどに応力が働き重さが増す。シーラの細腕には剣が重すぎるのだろう。だがここは、現地調達できるもので我慢してもらうほかない。




「たとえばそれは女の裸だ。たとえばそれは歌う妖精だ。たとえばそれは表情だ。自分には焦りはない、相手よりも強い。そのように見せかけることはできる。簡単に言えば、敵を見下せ。敵の判断を誤らせるんだ。俺を自分よりも弱いものと仮定して、蔑んだ目で見下してみろ」




「…………」




「俺は、妙な顔をして笑わせろとは言っていないのだが?」




「蔑んでいるつもりです。これでも、見下してるつもりの顔なんです!!」




 人には向き不向きがあるものだ。




 口をへの字にしたり、あごを尖らせたり、鼻を膨らませたり、半分白目をむいたりしているが、彼女にとって他人を見下す人間の表情とはこんなすがたになるのだろう。これはあとでペルシアでも相手にさせながら学ばせよう。彼女は得意だ。




「剣先をさげるな。相手の視線と剣を一直線にすることで、剣の長さを測らせるな。常に、自分と敵のあいだに剣先を挟みこめ。とがった剣先にむかって自分から刺さりに行くのは覚悟が必要だ。倒そうとまで考えるな。そこまで欲張る必要はない。時間さえ稼げば、俺かペルシアが横から割り込んで、そいつを斬る」




「時間稼ぎ、ですか?」




「そうだ、それ以上は望まんし、望めん。たった一日や二日、剣を握っただけで強くなれるのなら苦労はない。すべての敵は、シーラ、おまえよりも強い。それは確実だ。筋肉の量は、ある程度、強さに比例する。力まかせに振られた剣であったとしても、おまえの細腕では受けることすら難しい。盾や鎧を使っても無理だ。強引に弾き飛ばされ、地面に組み倒されてしまうことだろう。そうなれば終わりだ」




 時計回りだった円の動きを、さっと反時計回りに切り替える。急激な変化に反応できず、シーラの持つ剣先が追いつかない。自身でわかっているのだろう。それは叱責することではないが、表情に焦りが出たことは口にしなければならなかった。




 彼女に求められるのは、達人の演技だ。




 まるでいつでも鋭い突きが放てるように、わずかに重心を沈め、剣先を相手に向け続ける。その剣先が重量に負けて下がったり震えたりしているようではダメだ。彼女の構えが、ただの姿勢だけであることがバレてしまう。




「剣先を震わせるな。あくまで優雅に動かせ。ゆったりとしたダンスのようなものだ。川のなかを流れる木の葉をイメージしろ。だがそれでも、いずれ敵は襲い掛かってくるだろう。いつまでも時間を稼げるわけではない」




 俺は円運動を離れ、一歩、シーラに向かって踏み出す。


 反応が遅い。だが、彼女はステップバックして再度、距離をとった。




「もっと素早く反応しろ。俺が口にしたからといって、即座に実行できるものではないがな。距離をとれば、さらに多くの時間が稼げる。剣先が震えているぞ。剣の重さに腕の筋肉が悲鳴をあげていることを悟らせるな。シーラ、おまえは剣の達人だ。そのように振舞え」




 俺はもう一歩、シーラに向かって踏み出す。


 彼女はステップバックして距離をとる。ダンスかなにかの動きなのだろう。これは良い。




「さぁ、これで二度、距離をとった。相手はこう思うだろう。踏み出しただけ離れてしまう。ならば、逃がさないためにはさらに大きく踏み込まなければならない。二度、逃した。そのことで多少の苛立ちさえ覚えているはずだ。いくぞ!!」




 俺は号令し、素早く、そして大きく彼女のふところに踏み込む。


 少し遅れ、シーラもまた、俺の側に踏み込んだ。両者が正面から衝突する軌道だ。




 なにもしなければ、まっすぐに構えただけの剣が俺の喉に突き刺さったことだろう。手にした杖で剣の横腹を軽く払うと、すでに限界だったのだろう、シーラの手から剣が離れ、金属の乾いた音をたて地面を転がった。




「実戦では剣を落とすな。相手に勢いがあれば、鋭い剣は自然に突き刺さるものだ。馬止の槍のようなものだ。尖った杭が馬の身体を貫くのは、杭の力ではない。突進する馬の力だ。シーラ、おまえの細腕では、素早い突きは放てない。腕は固定しておけ。敵の踏み込む力を利用して攻撃するんだ。もちろんこれは、援護が得られないときの最後の手段だ」




「わかりました。ほかにはありませんか?」




「無い。付け焼刃で覚えられることなど大したものではないからな。本当に強くなりたければ、ペルシアに正当な剣術を習うことだ。俺が教えられるのは、相手の隙をつくための小細工だけだ。そのひとつでも身につけるには時間がかかる。あとはひとりで練習しろ」




 シーラは俺のいったことを愚直に守り、架空の敵を想定して剣を構える。それから妙な顔を浮かべては、子供を笑わせようと努力する。敵を挑発するぶんには効果的だろう。やがて、剣の重さに耐えかねたか、手が震えだし、自然に落とした。




 剣の代わりに木の枝を使い練習を再開する。想定する敵はずいぶん激しく動き回っているようだ。木の枝がせわしない時計の針のように回転する。敵が踏み込んできたなら素直にさがる。二度、さがった。そして三度目には両者がともに前へ踏み込む。




 それなり、だ。


 油断した賊が相手であれば、これで殺せる。弓や槍、複数人が相手であれば手も足もでないのだろうが、たったひとつのブラフで、すべての状況に対応することは不可能だ。




 彼女が身を入れて訓練しているのだ。俺が訓練をさぼるわけにもいくまい。




 状況次第では魔法の杖、サイコスタッフが役に立つこともあるはずだ。ただ、戦力として『かくみさいる:いっぱいうてます。』に劣ることを残念に思っているだけのことだ。自分の選択を悔やんでいるだけだ。




 魔法の杖も、それなりに楽しいオモチャではないか。気を取り直そう。


 俺は適当な石壁に向かって杖を振り下ろした。








「く、くやしくないし……」


「ごめんね、ペルシア?」




「い、いたくなんかないし……」


「ごめんね、ペルシア痛かった?」




「あたし、ほら! 本調子じゃなかったし! ぜんぜん本気じゃなかったし!?」


「そうだよね。ペルシアは調子が悪かったんだよね?」




「うん、そう!! あたし、絶好調に調子がわるかったのっ!!」




 負けたのだ。


 敗北したのだ。


 寝て起きて、身体が軽くなったと言い、シーラの訓練に付き合った結果がこれだ。




 前言を撤回しよう。人は、一日や二日、剣を握っただけで強くなれる。いや、四分の一日で強くなれる。もともと、勘が良かったのだろう。ペルシアの踏み込みに対して、カウンターの剣が正確に迎え撃ち、彼女は自動車のタイヤに踏みつぶされるカエルのように鳴いた。三回連続して、鳴いた。練習用の木の棒でなかったなら死んでいたところだ。




「シーラ、あまり慰めてやるな。むしろ惨めだ」


「み、惨めなんかじゃないし? あたし、惨めなんかじゃないし!?」




「……惨めなものだ」


「惨めじゃないしっ!?」

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