第12話 魔法使い、こぶしで語る

「説明を求めるというなら説明するが?」

「説明を求めるから、説明しなさいよ」


 朝一番から、ペルシアは元気だった。病気や怪我を心配する必要はなさそうだ。彼女たちを捕らえていた奴隷商人は、相応の管理を怠ってはいなかったらしい。高値のつく商品だ。あばらが浮き出るほどに痩せこけさせては意味がないのだろう。


 そして、ペルシアは朝から元気だった。

 なぜ俺が、賊の砦を攻め落としたのかについて説明を求めてきた。

 そんなことは自明であり、説明を必要としないと思うのだが、彼女には必要なのだろう。


「まずは、人間が生きるために必要なものについて考えろ。空気、水、食料、衣服、住居。これらは必須事項だ。欲をいえば身を守る武器に医薬品なども揃えたい。ペルシア、おまえもそうは思わないか?」


 テーブルを挟んで椅子に座る彼女は、悔しそうに俺の言い分を認めた。

 俺が口にすることには、なにがなんでも反抗したいらしい。


 ――反抗期か?


「つぎに、それらを入手可能な場所について考えろ。俺は記憶喪失であり、この近辺の地理を知らない。ペルシアもシーラも現状は似たようなものだろう。道をどのように行けば友好的な人里に辿り着けるか判断できないはずだ。辿り着いたは良いが、排外的な民族が住んでいる可能性もある。その点、賊は、排外的であることが確定しているから対応で迷わずに済む」


「アンタ、どれだけ人間を信用してないのよ?」


「金はもっているのか? 財布をもたない人間に、パンと水と衣服と住居を与えてくれるほど、心優しい人間で世界は満ち溢れているとでも思っているのか? おまえは理想郷ユートピアにでも住んでいるつもりか?」


 ぎりぎりと歯を軋ませるほどに悔しいらしい。

 反抗期特有のホルモンバランスの乱れが原因だ、しかたがない。


「最後に、おまえたちを追う勢力があるからだ。奴隷商人はもちろん、ビッグルをそそのかした何者かもそうだ。必要とされるのは、ただの住居ではない。人の目を避けられる隠れ家だ。それには、賊が使用しているものが最適だと判断した。砦である必要はなかった。山小屋程度でも良かったのだが、選べる立場にはなかったからな。だから目の前にあった砦を落とした」


「だから、どうしてその結論になるのよ!? なんで話が砦攻めになるのよ!?」


 どうもこうもない。

 すべては必要に応じて振舞っただけだ。


 賊が生活している環境には水と食料の用意がある。山小屋、それ以下の洞穴であっても雨風はしのげる。賊が使う防寒用の寝具も期待できた。衣食住が揃ううえに、護身用の武具も手に入る。あとで使える金銭も少しは手に入る目算があった。


 賊の生活環境をそっくりそのまま奪ってしまうのが、一番に確実だと思っての行動だったのだが、ペルシアはそれが気に入らないようだ。


「では、逆に問いたい。俺は、どうすれば良かったんだ?」

「…………。」


 これだ、代案のない反対意見だ。

 都合が悪ければ、拗ねて、黙り込む。

 反抗期の少女というのは、実にめんどうくさいものだ。


「どうして?」

「どうして?」


「あたしたちのことを助けたの? あんたにとっては無関係の相手でしょ?」


 こんどは、俺が黙り込む番だった。


 説明するのは難しかった。まさか、神の依頼だともいえまい。それで納得してもらえるとは思えない。ふたりの見知らぬ少女を助けるために、六〇あまりの賊を殺害し、無償で衣食住の提供をするなど、いかなる理由を述べても説明がつかないだろう。


「俺を、信用してくれ」

「できない」


「だろうな……」


 ペルシアの反応は当然のものだ。


 騎士物語では窮地に陥ったお姫様は都合よく助け出されるものだが、現実は違う。助け出されるには、助け出されるだけの理由がある。損得が絡む。その地の賊を退治するのは、その地を管理する領主や兵士だ。けっして通りすがりの誰かではない。


 彼女たちは特別な秘密を抱えており、特別である彼女たちを俺が偶然に助けたという話は信じないだろう。あまりに出来すぎている。そのへんの細かな匙加減が、神にはわからないらしい。上層部の不手際で右往左往させられるのは、いつだって現場の人間だ。


 刺すような視線が俺の顔を貫いていた。

 視線で人間が殺せるわけではない、が、敵意をむき出しにされたままというのも好ましくはなかった。うっかりすると、廊下の曲がり角で殺してしまいかねない。


 台所。厨房。それらに似たなにかの空間では、シーラが食事の用意の用意をしていた。いままで使っていた人間が人間だ。ここは食料品を扱ってよい場所ではないと、清掃から始めだしたのだ。


 食事の準備が整うまでには時間がかかりそうだった。

 手伝わないのか、と訊ねれば、「ペルシアは雑」であるらしい。

 そういうことが趣味で、ストレスの解消になるというなら、食事の用意はシーラに任せておけば良いだろう。


「ペルシア、外に出よう」

「なにするの?」

「喧嘩だ」


 結局、俺にできることといったら、戦うことだけなのだ。

 わかりあう手段も、それしか知らない。




 砦の入り口、広場に出て、思う存分に叩きのめした。

 彼女はいま、大の字になって地面に後頭部を預けている。


 どうも、ペルシアの剣は、特定の状況下を想定して訓練されたらしい。

 彼女の剣は盾だ。言葉にするとおかしいが、背後に要人を抱えた護衛者の剣ということだ。


 左右に大きく動き回れる行動の自由はない。

 そして、敵が繰り出した攻撃はすべて、その身で捌かなければならない。

 いざとなれば、その身体で敵の刃を受け止めることも想定されているようだ。


 これは敵に打ち勝つための剣ではない。

 主人が逃げるためや救援をまつための時間稼ぎの剣だ。技量によほどの差がなければ、最後には負けることが決定した剣なのだ。彼女、という人間の立場をよく表していた。


「まだやるか?」

「……やるにきまってるでしょ。そのすました顔に一発ぶちこんでやる」


「威勢だけは良いな。……威勢だけは」

「このっ!!」


 腰を浮かして立ち上がろうとしたところで脚をひっかけた。

 なんとか受け身をとったが、背中をしたたか打ち付けたらしい。大きく咳きこむ。


「立ち上がる前に攻撃するとか、卑怯よ」

「いまさら言うな、俺は卑怯な手段があれば即座に使う人間だぞ?」


「あー、そうね。そうだったわ。裸にされたり歌わされたりしたわね」

「敵のそばで、もたもたと時間をかけて立ち上がるな。追撃を受けるぞ。転がって距離をとりながら俊敏に跳ね起きろ」


 大の字になっていたペルシアは横向きにゴロリと素早く転がり、身体を丸め、その背中を俺が蹴った。


「もちろん、その動きが予測できている人間には通用しないわけだが」


「アンタ、性格悪いわよ」

「戦場では善人から死んでいくものだ。それは、ペルシア、おまえもよく知っているはずだが?」


 いまは、ペルシアとシーラのふたりだけだ。だが、それ以前からそうであったとは考えにくかった。どこから、なにから逃げているのかはさておき、彼女たちの逃避行が始まったときには、もっと多くの仲間が同行していたはずだ。


 こんどは、顔面の側を土で汚しながら大の字に寝転がるペルシアの表情が曇った。

 思い出したくはないが、忘れてはいけない記憶たちを呼び起こしたのだろう。


「ちょっと休憩」

「わかった。いいだろう」


「……なんで、あたしの背中を踏むわけ?」

「休憩と言いながら襲い掛かってくるかもしれないだろう?」


「あたし、どんだけ性格悪いのよ?」

「それを判断できるほど、俺はおまえを知らない。おまえも俺を知らない。違うか?」


 彼女の無言を肯定の意と受け取った。


「アンタ、なんで私たちのことを助けたの?」


「俺がどう答えようと、ペルシア、おまえは俺を信じない。それで良い。構わない。満足がいくまで疑え。作り話などいくらでも語れるものだ。世界の九割は嘘で作られている。正確な数字はわからないがな」


「アンタ、人間関係で、ずいぶんと苦労をしてきたみたいね」

「うむ、その記憶はないのだがな。ただ、この言葉すら信じてはもらえないのだろう」


 私は記憶喪失です。

 そう言われて、「はい、そうですか」と素直に信じられる人間がどれだけ居るものか。

 白衣を着た医師の診断書があっても、この世界の人間は信じないだろう。


「俺は、強い。それだけは確かだ。これに嘘はない」

「急になに? 男の力自慢?」


「……俺を使え。身を守る道具として。俺はおまえたちの剣であり盾だ。俺の人格は信用しなくても良い。俺も俺自身を信用してはいない。当座の衣食住と安全を確保するために、六〇からの人間を迷いなく殺害する人間だ。誰が、そんな奴を信用できるというのだ。俺は人間ではない。ただの道具だ。そう扱え。上手に使い捨てろ」


「…………」


 返事がなかった。

 髪に隠れて、地面のほうを向いた表情は見えなかった。


「アンタはさ、それで良いの?」

「構わない。そうする他に、おまえ達を守る手段がないのだからな」


「わかった……そうする。休憩はおしまい。今度こそ、ぶちのめしてやるわ」

「そうか。それができると良いな」


「…………だから、休憩はおしまいだって。なんでまだ背中を踏んでるわけ?」


「おまえは、おかしなことを言うのだな。どうして自分から有利な体勢を捨てなければならないんだ? もちろん、この状態から再開だ。抜け出してみろ」


「アンタ、ちょっと性格悪すぎるわよっ!?」

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