第10話 魔法使いの山賊退治

 砦から降りてくる賊の集団とすれ違うようにして、森のなかを進んだ。


 ペルシアが、俺に問いかけた。

 どうして、そんなに戦いたがるのか?


 答えなら、俺自身の性能評価試験になるのだが、ならば、なぜ自身の性能を確かめようとしているのかという問いかけには答えがなかった。だから、俺は口を結んで答えなかった。


 俺とはいったい何者であるのか、その答えを、俺は戦いのなかに見つけようとしていた。人生は、戦いだけではない。むしろ、戦場の生活など人生のごく一部でしかないはずだ。それでも俺は、戦いを求めていた。そこに、答えがある気がしていたからだ。


 答えが出るまえに、脚は、賊の砦のまえに辿り着いていた。

 俺の手は、閉じられた砦の門を叩いた。

 スーツのうえに賊の衣服を羽織り、これで擬態したつもりだった。


「開けてくれ!! 死にそうなんだ!! 早く!!」


 俺が、血に濡れた男の死体を担いでいたからか、砦の門はあっさりと口を開けた。

 門を開くための符丁を聞きだしていたのに、危機管理のなっていない門番だ。


「大丈夫か!? なにがあったんだ!?」

「敵だ!! 恐ろしい敵に襲われたんだ!!」


 駆け寄ってきてくれた、心優しい賊に答えた。

 どうやら俺は、訊ねられると答えたがる癖があるようだ。


「いったい、どんな敵なんだ?」

「俺だ。そして、死ね」


 抜き打ちの一閃だった。苦しみはないだろう。

 優しい声をかけてくれた返礼だった。


「敵襲だ!! 皆、武器を持って集まれ!!」


 司令官が不在かもしれなかったので、俺が代わりに指示を飛ばした。

 ペルシアとシーラは門を閉じ、その場に座り込んだ。

 賊の衣服だけでなく兜も被った彼女たちは、これで、小柄な兵士の死体にしか見えないだろう。


 俺が殺されたときには、扉を開け、彼女たちだけで逃げる段取りになっている。

 そんな心配はないと思うのだが、備えておくに越したことはない。


 賊たちの装備は武器から防具まで統一性が無く、剣に斧、槍、弓に棍棒と多彩で、どれもこれもが上質のものには見えなかった。扱いも管理も雑なようだ。武器など、ただの消耗品という認識なのだろう。


 武器への認識がそうであるなら、腕前もそれに準じるものだ。

 道具にこだわりのない達人は存在するが、道具を粗末に扱う達人は存在しない。


 だが、ひとりだけ、鋭く輝く鋼の刀身を手にする男がいた。

 重心も良い。どこかで戦闘の訓練を受けた者の姿勢をしていた。

 決めた――、彼はメインディッシュだ。


「敵はどこだ!?」

「ここだ!! 俺だ!!」


 やはり、答えてしまった。

 EXAMSの出力を総動員して、槍を投げつける。

 まずは目障りな、弓を持った賊の胸を貫通した。

 刺さったのではなく、穴を開いて突き抜けた。


 宣戦布告はこれで十分だろう。

 ペルシアは俺がひとりで戦うことに反対したが、これで納得したはずだ。


 門から入った先は、広場になっていた。


 どうやら、本格的な籠城戦闘を行うための砦ではなく、物資や人員の集積基地であったらしい。石壁という最低限の防御設備はあるが、それ以上のものはない。本来なら、石壁のうえに弓兵をずらりと並べておくべきだが、常日頃から万全に備えておけと賊に求めるのは贅沢にすぎるだろう。


 右手に長剣、左腕に小盾という、この世界での標準的装備スタンダードを構えて、広場の中央に陣取った。さすがに、この挑発の意図は伝わるだろう。さっさと揃ってかかってこい。愚鈍な兵士は、嫌いなんだ。


 男たちが動いた。複数だ。

 言葉にならない挑発と罵倒の声をあげている。

 武器を手にして、それぞれの構えで襲い掛かってきた。


 EXAMSは、戦車砲にも耐える防刃防弾性能を持つ。一方的に殴られたところで欠片も傷つきはしないが、かといって、この場で耐久性能のテストをする気にもなれなかった。


 男が両手持ちの長剣を振り上げた。瞬間、予測する。長剣はまっすぐに振り下ろされ、その軌道上にあるEXAMSのバイザーを直撃するだろう。小盾で受けるべきか、長剣で逸らすべきかの選択が生まれ、俺は長剣で逸らすことを選択した。


 振り下ろされる長剣に、俺の剣が側面からそっと触れ、そして俺の身体の外側にへと彼の剣の軌道を修正する。そのついでとして、剣先は相手の左肩から入り、鎖骨をへし折り、金属の侵入は肺にまで達した。


 男が崩れ落ちるのを見届けず、肉に食い込んだ剣を引き抜く。今の一撃は深すぎだ。人を殺すだけなら、もっと小さな傷で十分だ。修正する。


 次の敵がもつのは槍だった。実際、目の前にするとあまりにも間合いが遠い。突きこんでくる先端は避けづらく、一歩、二歩とステップバックさせられた。スーツの性能に任せれば力尽くでねじ伏せられるが、俺は俺自身の性能を試したかった。


 一撃、二撃、三撃、理解した。男の技量が稚拙であったことも幸いした。槍は、腹部を狙うべき武器だ。どのように人体を動かそうとも、重心となるヘソの部分は大きく移動させられない。頭部を狙うような迂闊な一撃は、半身になって躱せるし、伸ばした手で掴める。


 左手で槍を引き寄せ、フェンシングのように右手の剣で突いた。槍を手放せば避けられたのだろうが、彼はそこまで器用ではなかった。剣先が内臓をえぐる。のの字を描くようにして、臓腑をかき混ぜる。終わりだ。いまのは良かった。記憶する。


 次は棍棒だった。ただの太い木の棒ではなく、衝突させる部分には金属板が貼り付けられており、三角錐の鋭い棘も備えていた。勢いと重さがあるため、小盾で受けることも、剣で逸らすことも難しい。


 だがしかし――、だ。

 すでに見えてきてしまった。


 手にする武器がなんであれ、人体の構造に動作は支配されているのだ。ここにきて、剣も斧も、棍棒も槍も、長さや太さが違うだけの同種のものに見えてきてしまった。つきつめたなら、すべては、長い棒を振りまわしているだけなのだ。


 縦、横、斜めの楕円軌道に、それから突きの直線軌道、手に持った武器が描ける軌道は、最初から決まっている。どの軌道を選択するかは身体の体勢によって決まり、一度、描きだした軌道は途中で変わることがない。強引に変更できるのは、ナイフのような軽い武器だけだろう。


 棍棒が横なぎに振られた。それは前もってわかっていた軌道だったから、距離を詰め、根本を小盾で受け止める。彼は両手で棍棒を握っており、俺の右手は暇を持て余していた。金属製の防具の隙間を狙い、剣先を突き入れる。のの字を描き、傷口の奥をえぐる。


 次は剣が二人だった。

 今回は、俺から攻めてみることにした。


 縦、横、斜め、それから突き、長剣が選べる軌道は、それほど多くは無い。これらの軌道をどのようにして敵に衝突させるべきか、考える。理解した。素早く足を動かすことで、相手の武器や防具が対処できない角度を生み出すのだ。


 サイドステップから突進し、敵の側面を駈け抜ける。体の側面に構えた剣は、腕を動かすことなく相手の腹部を抉っていた。


 もう一人の敵に、持っていた剣を投げる。ゆっくりとだ。彼は空中に置かれた剣を払いのけた。愚かだ。俺の手には、奪い取ったもう一本の剣がすでに握られている。剣を振り払った状態からは、どうあがこうと防御はできない。斬った。


「待て!! 下がれ!!」


 声が響いた。

 俺のものではない。

 メインディッシュと決めた、彼の声だった。

 全員の視線が彼のほうを向いた。だから、余所見をした近くの二人を斬った。これは、仲間の声で油断するほうが悪いだろう。


「お前たちでは倒すのは無理だ。さがっていろ」


 彼の声は落ち着き払っていた。

 仲間の賊たちを下がらせ、ひとり、広場に降り立った。

 先に何人かをぶつけて、いままで俺の動きを観察していたのだろう。


 剣の扱いにかけては自分より下、と、見抜かれてしまったらしい。なにせ、長い剣を持ったのは今日が生まれて初めてだ。今日、半日ほど前に生まれたばかりなのだから間違いない。


 立ち回りで誤魔化してはいたが、見るべき人間が見れば、その扱いが力任せの素人の剣であるのは一目瞭然だったことだろう。刃の向きと力の向きに大きなズレがあるのだ。長剣を、鉄の棒きれのようにして扱っていた。


 彼は、自分なら勝てると確信をもってから堂々と出てきたのだ。

 ずるい奴だ。賢いな。


 彼の剣は片刃の細い曲刀だった。サーベル。シミター。この世界における正式な名称はわからない。


 剣先をまっすぐこちらに向けられると、距離がつかめなかった。俺の身体ではなく、俺の視線に対して垂直に立てられていた。なるほど、こうされるのは嫌な感じだ。


 刃先が目の前にありながら、殺傷圏が正確に掴めない。


「お前が、この賊たちの頭目か?」

「いや、俺はただの食客だ。用心棒と言ったほうがわかりやすいか」


 なるほど、つまりこの賊の頭目は、この男よりも強いのか。と、納得しかけ、指揮官が最強の兵士である必要はないことを思い出した。剣の扱いに長けているからといって、人間を扱うことにも長けているとは限らないだろう。適材適所だ。


 口を動かしながらも、彼の剣に乱れはない。

 会話でもって集中力を乱すこともできそうにはなかった。

 じりじりと、剣の圧力のみで後方に追い詰められていく。


 EXAMSの装甲で防ぎ、出力で殴る。たしかにこれで勝利はできるが、あまり気持ちの良い勝利にはならないだろう。


 待て――、勝ち方にこだわっているのか、俺は?


 自分の心の動きを観察する。

 ――違う、俺はそういったたぐいの人間ではない。


 心が乱されていたのは、俺のほうだった。

 彼の、剣に向けるひたむきさにつられて、自身もその気になってしまっていた。


 俺は剣士ではない。


 剣の名手に、なぜ、不慣れな剣で挑まなければならないのか?

 俺は自分の心に問う。


 ――剣を相手に銃をつかうことは卑怯か?

 否定。ネガティブ。なぜならば、剣という道具を選択したのは相手の意思だからだ。


 ――拳を相手に銃をつかうことは卑怯か?

 否定。ネガティブ。なぜならば、拳という道具を選択したのは相手の意思だからだ。


 ――卑怯であることは、間違いであるか?

 否定。ネガティブ。なぜならば、フェアプレイを選択したのは相手の意思だからだ。


 見失っていた心の軸が定まった。

 相手がどんな選択をしようとも、すべての選択を、俺は俺の意思によって決定する。


「EXAMS、エンゲージ」


 黒地のスーツに入った赤いラインが光を放つ。

 戦闘モードに入ったEXAMSが、身体のシルエットに沿って防御力場を展開する。

 だがそれも、賊から奪った服の下での変化だった。せっかくだが、見えはしない。


「だが、まぁ、俺にも少しばかり戦士としての意地はある」


 彼に向けた言葉ではなかった。

 右手にもった長剣のなかごろを掴み、握り砕く。

 これにはさすがに驚いたようだ。


「これで良い。ちょうど良い長さだ」


 順手だった持ち手を逆手に変えて構え直す。

 不慣れな剣で、剣の名手に勝とうという選択は、賢い選択ではない。


 彼は、俺の変化に気がついたようだった。

 いままでのものは、長剣をつかった実戦練習だった。戦闘ではない。


 これから使うのはCQB。手や足、もちろんナイフも、全身あまさず、すべてが武器であり防具だ。俺はこれらのすべてを自由に扱える。そう、記憶していた。


 今の俺にはナイフがある。拳がふたつに、蹴り脚も二本だ。肘もあれば膝もある。指先で掴むこともできれば、目をえぐることもできる。指の数なら一〇本だ。対して相手の武装はなんだ? たかだか剣が一本じゃないか。あまりに貧弱な武装だ。かわいそうに。


 距離を詰めた。突きだ。俺の喉元に迫る刃を、逆手のナイフで撃ち払う。彼はつぎの剣撃を用意しようとするが――、そのまえに、俺の足刀が彼の腹部を蹴り飛ばしていた。一本の剣ではどうあがこうと、一度にひとつの動きしかできない。攻撃と防御を同時には行えないのだ。俺はできる。


 ナイフで受け、足で蹴る。

 ナイフで受け、足で蹴る。

 彼の刃が俺の足を狙うのなら、靴裏で受け、拳で殴る。

 EXAMSの筋力倍加は、あえて使用していない。


「悪いな。俺は剣の達人ではないが、達人の剣を処理する方法なら知っていたらしい」


 彼は、認められないという顔をしていた。

 認められなくていい、俺は、敵に友情を感じたりなどしないからだ。


 彼が動いた。地を這うような滑り込みから、直上へと剣を斬り上げる。股下からえぐりこむ斬撃。そのつかを、俺の足裏が踏みつけていた。すまない。もう、覚えてしまった。おまえから学ぶべきことは、すべて学んでしまったんだ。だから、死ね。


 剣の防御がなければ、彼の首筋を刃から守るものはなにもなかった。血が流れた。

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