第9話 魔法使いとヌーディストフォレスト

 森のなかで燃料につかえるのは、枯れたものだけだ。

 枯れ葉、枯草、枯れ木、もはや植物として生きてはいないため、乾燥している。

 それらで起こした火のなかに生木を投げ込むと、燃焼不良がおこり煙が発生する。

 灰色の煙は空高くまで柱をつくり、これを狼煙のろしに遠方との連絡をとることが可能だ。


 もちろん、遠く離れた砦とも、一方的に連絡は可能だ。


「絶対に、あとで殺す」


 ペルシアの戯言ざれごとを聞き流しながら、俺は火と煙から距離をとって静かに待っていた。

 彼女たちの他愛もない会話のなかから、隠そうとしている秘密を探ろうとしていた。

 EXAMSの収音機能を使えば、彼女たちが思いもしない遠方から、会話の内容を拾うことが適う。


 だが、会話の内容といったら俺の命名式のことばかりだった。

 軽く失望しつつ、俺は待機状態を続けた。


 砦からやってきた彼らが到着するまでには、ずいぶんと時間がかかった。

 行動が遅い。不真面目な兵というものに、俺は苛立ちさえ覚えていた。


 煙は、ただの煙だ。

 そこに何かの意味を見出すのは人間だけだ。

 意味を見つけて、それを確かめるために偵察部隊を送り込むのも人間だけだ。


 さぞ、驚いたことだろう。

 火元に居たのは手と腕で胸のふくらみや下腹部を隠してはいるが、裸の美少女だ。

 幸せな光景を、その目に焼き付けて、そして、死ね。


 彼らの背後には、両手に剣を構えた俺がいた。

 5人、なかなかの人数だ、始末に2秒は掛かるだろう。


 *


「納得いかないんだけど?」

「納得させるつもりはない。結果がすべてだ。おまえが脱ぐと人が死ぬんだ」


「あたしの裸が殺したみたいに言わないでよ!」


「事実だ。女の裸に鼻の下を伸ばしているから、奇襲に気づけないんだ。俺なら、森のなかで裸の女に出会ったなら、即座に殺す。迷わず殺す。罠に決まっているからな。勘違いであったとしても、俺は死なない」


「アンタ、怖いこと言うわね」

「事実だ」


 少年兵という言葉を記憶していた。少年だけではなく少女も含まれるから、子供兵士と呼ばれることもあった。あれは、そうだ。的が小さくて撃ち殺しにくい兵士たちのことだ。


 ほかの誰かにとっては、良心の呵責を呼び起こすものだった。なんて便利な兵士たちだろう。何十もの敵兵を撃ち殺してきた勲章持ちの古参兵を、たった一度の死で無力化できるのだ。なんて、経済的なんだ。訓練に膨大な費用をかけた特殊部隊の隊員が再起不能だ。


 ペルシアは、不満げな表情を作っていた。あるいは、葛藤か。彼女が学んだ戦闘術のなかには、女ならではのものもあったに違いない。単純な腕力において、女は男に敵わない。ならば、その不利を補うための戦術が求められる。


 たとえば、ただの衣服程度の防具であれば、むしろ脱いでしまった方が効果的だ。裸の女を前にしながら通常の戦闘行為をおこうための訓練を受けた男など、そうはいない。無駄な欲望に振りまわされ、下半身の動きが鈍くなる。


 ――小さな子供を敵にしながら、一瞬の迷いもなく頭を撃ちぬける兵士は稀だ。

 一瞬を迷えば、どんなに鍛えられた精鋭部隊でも、ただの的になれる。


 人を殺すには、一瞬の空白さえあれば十分なのだ。

 それは、時間を止める行為に等しい。


「どうしても、服を脱がないとダメですか?」


 シーラが涙ぐみ、羞恥で顔を真っ赤に染めていた。

 抱えた衣服で身体の前部を隠し、震えるすがたは小動物のそれだ。


「いや、どうしても、というわけではない。別の方法もある」

「なら、最初から、そっちの方法を教えなさいよ」


「良いが、俺と約束できるか?」

「なによ?」

「どんな約束ですか?」


「服を着たままでも、その場から逃げ出さないという約束だ」


 相応の羞恥心があれば、女性は裸のまま逃げ出すことはできない。

 さらに、森のなかだ。靴や衣服が奪われれば、ただ移動するだけで怪我をする。

 その程度のことなど、十分にわかっていたから、ペルシアは動けなかったのだ。

 俺から、逃げられなかったのだ。


「約束します」

「……わかったわよ。約束するわ」


 俺は、うなずいた。

 だが、口約束だ。破るのは簡単だ。あまりにも簡単だ。

 約束をやぶったのなら――それまでだ。そこまでの面倒を見る必要はないだろう。


 *


「恥ずかしいんだけど」

「ペルシア、約束でしょ?」

「すっごい、恥ずかしいんですけど!!」

「ペルシア、わがままを言わないの」


 彼女たちは両手をつなぎ、向かい合わせになりながら歌をうたっていた。

 木々の茂った森のなかに美しい少女がふたりだ。幻想的な光景でもある。

 この世界の人間は、総じて迷信深いようだ。

 ならば、利用しよう。


 ペルシアとシーラが歌うすがたを目にすれば、まず、人間か妖精かを疑うだろう。


 見つけても、近寄っても、声で呼びかけても、すべてを無視して歌い続けるふたりを見てしまったなら、これ以上、触れるべきかを悩んでしまうだろう。そんなことに、頭を悩ませてしまうだろう。


 子供たちが平和を歌い、大人たちの笑顔が祝福し、そして中心でIDEが爆発する。

 平和のための戦争だ。平和のための爆弾だ。平和とは、自分たちだけの世界のことだ。

 だから、死ね。俺たちの平和のための犠牲になれ。


 背後をとった。簡単だった。

 7人、それなりの数だ、3秒あれば十分に足りる。


 *


「次は何をさせるの? 踊りでも踊るの?」

「踊りたいのか? こんな森のなかで?」

「歌わせたのは、アンタでしょうがっ!!」


 二度、奇襲攻撃がうまくいった。

 そして二度、偵察部隊は帰らなかった。


「このまま少しづつ敵を誘いだして、少しづつ倒していくのですか?」

「いや、それは無理だ。敵はゲームのAIじゃあない」


「AI?」

「すまない、なんでもない。忘れてくれ」


 そうだ、これはゲームではない。現実の話だ。

 現実で人が殺されているというのに、シーラには動じるところがない。


 深窓のご令嬢には、刺激が強すぎる状況のはずなのに、だ。

 だというのに、落ち着いている。パニックになる様子もない。


 死、というものに慣れているのだろうか。

 死体をさらに辱める行為には嫌悪を示したが、戦いのなかでの殺人には理解を示した。

 そして戦いが、綺麗な騎士道物語でないことにも理解を示している。


 俺は――、測りかねていた。

 彼女という人間を、だ。


 あの木箱のなかで怯えていたのは確かだ。人が焼ける光景に嫌悪を示したのも確かだ。そして、目の前で人が殺されているのに動じないのも確かだ。すべてを合計すると、矛盾している。


 矛盾しているなら、今か、以前か、どちらか一方か、すべてが嘘ということになる。

 なるほど、あるいは直情的なペルシアよりも、彼女のほうがよほどに手ごわい相手なのかもしれない。俺には彼女の心理が読めない。――記憶しておこう。


「……で、どうするのよ?」

「もちろん、もう一度、のろしを上げる」


「また、背後から襲う気?」

「まさか。不可能だ。偵察に送った兵が二度も帰らなかったんだ。三度目は慎重に、そして大量に送ってくる。つまり、つぎは砦から大部隊がゆっくり行軍してくる」


「戦うの?」

「戦う。ただし、戦場は森のなかではない。守りが手薄になった砦を攻め落とす。砦に残る賊の数は10から20といったところだろう。その程度の数なら、正面から突入して殲滅してしまえばいい。森に入った部隊が戻る前に、砦の門を閉めてしまえば締め出せる。だろう?」


 ペルシアは、考えているようだった。

 彼女に剣を持たせれば、ただの賊なら、5人や10人相手にできる自信はあるだろう。

 俺の戦闘能力を加えれば、砦に残った賊を皆殺しにできるとも判断するはずだ。


 だがしかし――、だ。

 そもそも、なぜ、賊と戦わなければならないのかと、彼女は考えている。

 せっかく、奴隷商人から解放されたのだ。そのまま逃げ去れば良かったのだ。


 彼女は迷っていた。

 だから、俺はペルシアの背中を押すように言った。


「これだけの数を殺しておいて、いまさら、無かったことにはできないだろう? 賊の頭目にも面子というものがある。俺たちを放っておいては部下に示しがつかない。確実に馬で追われるぞ? まだ、逃げきれるつもりでいるのか?」

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