第7話 魔法使いの偽装工作

 快活で反抗的な、黒髪の少女の名はペルシアといった。

 臆病に身を震わせる、金色髪の少女の名はシーラといった。

 つまり、このどちらか、あるいは両方を守ることが、俺に勧められた仕事なのだろう。

 まさか、ビッグルではあるまい。それならそうと、直接に言ってもらわなければ困る。


 脱げ、と命じたとき、ペルシアは俺を射殺すような目で睨みつけた。

 そうではない。俺は説明の順序を間違えたらしい。


「これから、偽装工作を行う」

「偽装工作?」

 黒髪のペルシアは怪訝な表情を浮かべた。


「そうだ、ここにはちょうど、三つの死体が都合よく転がっている。これに、おまえたちのボロキレを着せるのだ」


「アンタねぇ、服を替えたくらいで、男と女を見間違えるわけがないでしょう?」


「うむ、そうだ。ゆえに、服を着替えさせたうえで切り刻む。さらに髪の色がわからないように火で焼く。黒焦げの頭が三つに右手が三本転がっていれば、壊れた馬車と合わせて、逃げ出した三人の死体に見えるだろう。もちろん、じっくりと観察されれば正体は露見するが、身長がわからないほどに切り刻まれた死体を、丁寧に観察する人間も少ないはずだ」


「……アンタ、正気なの?」


「馬車のなかにも血を塗っておいたほうが良いな。転がったときに、なかで死んでしまったというふうに思わせよう。残ったのは少女の死体だ。死体であっても楽しみようはある。そうして一通り楽しんだあとに、切り刻んで火を放ったのだと偽装しよう」


「賊でも、そんなことしないわよ!!」


「ホントにか?」


「…………。」


 ペルシアの答えはなかった。

 賊たちがどこまで人道から外れているかなど、当人と被害者たちにしかわからないことだ。


「急げ、時間が無い。追手の馬に見つかっては意味が無い」


「わかったわよ……。シーラ、良い?」

「うん、ペルシア」


 掛け声は良いが、一向にボロキレを脱ごうとしない。なぜだ?


「アンタ、なんで見てるのよ。あっち向きなさいよ」

「目を離したら逃げるだろう? 背中を向けたなら、剣を拾って斬りかかってくるだろう?」


 図星だったのだろう。

 ペルシアが忌々し気に俺を睨みつけた。


 俺は、すこし笑っていた。本当に逃げだしたいのなら、シーラのように振舞うべきだ。怯えの仕草は相手の警戒心を緩める。逃げる気があると堂々に宣言している馬鹿から、誰が警戒を解くだろうか。


 仕方がない、という具合で、彼女たちのほうが背を向けてボロキレを脱いだ。

 白い背中が見えた。細い腰も。それから女性らしい丸みを帯びた曲線も。


「これで、満足かしら?」


 羞恥を怒りで押し潰したような声だった。


「いや、まだだ。賊の服を脱がせてそれを着ろ。裸足では、そう遠くまで歩けはしない。それに、いつまでも裸では風邪をひくだろう?」


 俺は言った、が、彼女たちは従えなかった。


 彼女たちの両手には、二つ合わせて板になる手枷がめられていた。足は、二人三脚になるよう鎖でつながれている。俺はビッグルの背中を目で探した。哀愁が漂っていた。さすがに、呼び止めて、いまさら、鍵を寄こせとは言えない。


「で、どうすんの?」


「――力ずくだ」


 EXAMSは装着者の筋力を30倍に高めてくれる。握力が60キログラムなら1800キログラム、1.8トンの出力だ。ただの木材でできた手枷など握りつぶせるし、人間をつなぐていどの金属の鎖なら引き千切れる。


 化け物でも見るような目つきだった。

 ちょうど良い、それくらいに恐れられていたほうが、ことは従順に運ぶだろう。


 賊のズボンや靴はサイズが合わず、かなりのぶかぶかではあったが、ここは現地調達できるもので我慢してもらうほかない。


 あとはボロキレを賊の死体に着せ、脚や腕を関節ごとに引き千切り、首をねじ切って、それを山と積み、彼らの持っていた火打石と馬車の残骸である木片でキャンプファイヤーすれば、偽装工作は完了だ。股の間を調べられなければ、性別さえも露見しないだろう。――一応、ちぎっておくか。


 これでどこから見ても、野蛮な賊たちがお楽しみした跡地にしか見えないはずだ。

 ビッグルも、ペルシアも、シーラも、いまここで死んだのだ。


 人の死体が焼かれる光景に、金色髪のシーラが目を白黒させていた。この世界では土葬が一般的なのだろうか? たしかに、古い時代は火葬より土葬が一般的だったと記憶している。土葬は掘るためのスコップがあれば良く、火葬は焼くために大量の薪が必要だからだ。その辺の道端に放っておいて、獣や虫たちに任せるのも土葬の一種だろう。


「狂気の沙汰ね」

「俺は正気だ。いたってな」


 確かに狂気だ。狂気の沙汰を正気で演出する。狂気の沙汰をいとも簡単に、なにひとつ厭うことなく可能としてしまう精神とは、正気に分類されるのか、狂気に分類されるのか、それは俺自身にもわからなかった。


「それで、これからどうするつもりなの?」

「まずは、そうだな。――山賊退治といこう。皆殺しだ」


 俺はいたって正気の心で答えたのだが、ペルシアは俺の心に狂気を見たようだった。

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