第3話 三種の神器
最終的に考えるべきは、
敵となるものが剣を使うにせよ、銃を使うにせよ、それらの武器は奪えるものだ。
俺は、奪った武器を敵対者よりも有効的に活用すれば良いのだ。
最初に探し出したものは大容量の鞄だった。
『むじんのかばん:いっぱいはいる。』
また、“いっぱい”だ。
なにかの動物の革でつくられた、大人しいデザインのものだった。
太めの革紐をつかって肩から下げる造りで、ちょうどボストンバッグ程度のサイズなのだが、そのなかに指先から肩まで入れても鞄の底にふれることはなく、おおよそ、想像した通りの結果を得られた。もはや、科学や常識など糞くらえだ。
ためしとして鞄のなかにいくつかの剣や槍を飲み込ませてみたが、鞄の底が突き破れるということもない。理屈のほどはわからないが、取り出すことにも苦労はなかった。荷物を入れたからといって重量が増すこともなかった。もはや魔法万歳だ。
水や食料、弾薬といったものを重量や容積にとらわれず携行できるのなら、それが、敵に対する大きな戦術的優位性になることは間違いない。鞄の口より大きなものは入らないが、たいていの個人携行火器であれば、問題なく呑み込ませることができた。
最初に鞄を探したのは、戦術的優位性もあるが、なにより
砂や
これは砂漠に限ったことではなく、湿地、密林、凍土、高山などの、銃弾よりも自然の驚異こそが牙をむく、厳しい大地全般に対して言えることでもあった。
背丈の低い草が生えた大草原なども、これで恐ろしい。青草が生えるためには十分な雨量があっても、それが土地の上に留まって人が口にできるかたちの水が残っているとは限らない。湿り気のすべてを地面や草花が吸い尽くし、青々とした草原のうえで水に渇いて息絶えるということも十分にありえるのだ。
そう――、俺の記憶が語る。
過去の自分が何者であったのか、また少し、理解できた。
次に探したのは魔法に関連する道具だった。
魔法という言葉自身は知っているが、俺自身には魔法を使えない自覚があった。
両手でもつような剣や槍を見ているときに気がついた。俺は、これらの扱いを知らなかった。手に取って振り回してみても、身体が覚えているとは言い難い。自分自身でも素人であることがわかるほどに手つきは不慣れであった。
だが、刃の短いナイフを手にしたときは違った。俺の腕や身体は、片手でもつにちょうど良い長さの刃物に馴染んでいた。銃器なら、パーツひとつひとつの名称まで記憶していたのだから、肉厚のサバイバルナイフに似た刃物に慣れているのは驚くほどのことではなかった。
訓練の想い出は記憶していなくても、経験は知識として残されているらしい。
そうでなければ、手や足の動かし方さえ忘れてしまい、いまだ扉のまえで寝転がっていたはずだ。赤ん坊が四つ這いを覚えるまでには時間がかかるものだ。歩行などの基本的な動作の延長線として、俺は、近接戦闘に関する技能を肉体に記憶しているようだった。
だから魔法を使った経験が無いことに気がつくのも簡単だった。
それどころか、俺の記憶のなかでは魔法とは架空の存在だった。
だからこそ、魔法に関連する何らかの道具が必要なのだと俺は強く考えた。
敵が魔法を使い、俺が魔法を使えなければ圧倒的な不利になる。
俺が魔法を使い、敵が魔法を使えなければ圧倒的な有利になる。
どちらにせよ、魔法に関連する何らかの補助具は、俺が戦術的優位性を得るための役に立つ。あって損にはならないのだ。
そして探し出したものがこれだ。
『さいこすたっふ:まほうつかえます。』
それから、もう一つがこれだ。
『えすぱーりんぐ:ちょうのうりょくつかえます。』
どうやら、魔法と超能力はべつのものであるらしい。
確かにそうだが、あまり俺を迷わせないでほしい。
一つは、仙人がもっていそうな先端が渦巻きがかった木製の杖で、もう一つは、頭にすっぽりとかぶる金の輪でできた冠だった。正面となる部分には、菱形の宝石が嵌められている。エメラルドのようだ。これはオシャレ、で、通せるだろうか? いや、無理か。
魔法で超能力を偽装することは可能だろう。その逆もまた可能だろう。これらは互換性があるものとして扱うのが適切だろうと俺は考えた。二つも枠を使うわけにはいかない。残される結果だけを見るなら、過程は科学でも魔法でも超能力でも構いはしないのだ。
あとは、携行性の問題だった。
太い木の杖は目立つが、足の具合が悪い人間であれば手にもっていて不思議はない。金の冠は、どうしようもなく人目を惹く。偉そうだ。さらに上から帽子をかぶって隠す手段もあるが、それもまたどうしようもなく悪目立ちするだろう。
俺は、魔法の杖を選んだ。消去法だ。決してデザインセンスで選んだわけではない。
最後に探したものは、身の安全を確かにするための防具だった。
装着していれば死なないとか傷つかないとか、そういった無敵な、都合の良いものを探し求めたのだが、これの成果は、ぱっとしなかった。ひとえに、過去の俺が
エクスカリバーやロンギヌスの槍ほどに有名な伝説上の武具であれば記憶していたが、それよりも知名度の低い物になると、記憶にないものばかりだった。タグの名前を見ても逸話を思い出せなければ、その防具の真価のほどもさっぱりだ。
あるいは、それを一度は手にしたのかもしれないが、こうして見過ごした。
そして、防具を探す途中で見つけたのが、これだ。
『あむりた:ふろうふしなります。』
人類が長きにわたって探し求めた神の霊薬だった。
飲み干せばきっと、死なない無敵の兵士になれたに違いない。
そしてそのうちに、死ねない呪われた人間になるのも予想がついた。
手や足を切り落とされて、地中や海底に封じ込められるのがオチだと気づいて、これはやめにした。俺は、死にたくはないが、かといって、死ねなくはもっとなりたくない。
死ねば、また、あの二つの扉のまえに戻るのだろう。
ならば、死にいたる過程の苦しみはべつとして、死そのものは極端に恐れるべきものではないと感じていた。あるいはそれは、死の現実を知ったからではなく、もともと俺は、そういった人間であったからかもしれないとも考えた。
戦いに行くのだ。
つまり、死にに行くのだ。殺しに行くのだ。俺ではない誰かの都合で、だ。
だというのに、俺の心は、怒りにも怯えにも、それから歓喜にも揺れることはなかった。
防具の選定基準は難しかった。
適切の基準が敵の武器によるのだ。そして俺は、いまだに敵を知らないのだ。
そしてなにより、防具は一個と計上されるものの基準が厳しかった。
兜と鎧はもちろん別で、それに盾を加えると、これで三つになってしまう。
空を飛べる靴、なんてのもあったが、敵がAH-64Dアパッチ・ロングボウ攻撃ヘリであれば、良い射撃の的になれることだろう。空を飛んでも人間の脚力に頼った速度だ。驚きはされても撃ち落とすのは簡単だ。
すがたを消せる兜、なんてのもあった。いわゆる、ギリースーツの発展であるカメレオンスーツと同様のものになるのだろう。透明。見えないというのは大きな利点だ。うっかり地雷でも踏まなければ、たいていの独裁者を暗殺できる。
この兜にするか、そう決めかけたとき、これが目に入った。
『E・X・A・M・S:むきむきなります。』
エクスカリバーが存在している時点で、考えておくべきことだったのかもしれない。俺は、この
自分のことは何一つとして思い出せないのに、このパワードスーツと、それを着用していたヒーローの能力は記憶していた。想い出ではなく、それが知識だからだろう。
銃弾を弾き、戦車砲にも耐え、宇宙を含めた全天候に対応し、装着者の筋力を通常の30倍にまで高める、架空のヒーローが着用していた戦闘用強化服だ。名前がEXAMSであるのは、テスト用のプロトタイプしか造られなかったからだ。これはよくある設定だ。
兵器廠に置かれていたEXAMSは、最終形態のものだった。作中で何度かの改修があったのだ。元々は宇宙開発用の民生品であったものを軍事目的で無理に転用されたものが初期型のEXAMSだ。
だが、戦況が悪化するにつれて人類の宇宙進出という目的を忘れ一個の兵器になりさがっていった。そして、装着者である主人公とともに兵器として完成されてしまった哀しい宇宙服こそが、黒地に赤のラインをまとった、この最終決戦モデルのデザインなのだ。
と、細かく記憶している俺は、よほどにこのコミックが好きであったらしい。
記憶を失ってなお、この宇宙服に惹かれる自分の欲望を感じている。
架空のものだ。
だが、ここにはある。
この無限の兵器廠には、架空の兵器の用意までもがあるのだ。
エクスカリバーやロンギヌスの槍も、その実在は史実と言い難いはずだ。
考えてみれば、魔法の杖よりもパワードスーツのほうが、よほどに現実的なものだった。
こうして俺は、新世界に持ちだすべき三つの道具を選び出した。
鞄、杖、鎧、そして――、『かくみさいる:いっぱいうてます。』のボタンを手にしていた。悩んでいた。最後まで悩んでいた。核兵器は、おおよそすべての問題を解決する。身近なものは別にして、だ。
新世界が剣と魔法の世界でも、核ミサイルの飽和攻撃はすべてを解決するだろう。
新世界が銃と戦車の世界でも、核ミサイルの飽和攻撃はすべてを解決するだろう。
だがしかし、ついでに世界も終わらせることだろう。
約束された勝利のボタンを、俺は――、手放した。つよく後ろ髪ひかれながら。
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