第2話 神々の宝物庫

 一見したそこは、天井の無い倉庫に見えた。

 倉庫のなかには武具のたぐいが整然と並べられていた。


 剣、斧、槍といった原始的な武器から、ハンドガン、アサルトライフル、ロケットランチャーといった銃火器までもが、区画分けされ陳列されている。それらの隊列は果てしなく、地平線の先にまで続いているかのようだった。


 兵器廠へいきしょうという言葉が頭をよぎった。

 武器や兵器のたぐいが整然と並ぶ光景に、わずかに心躍ったことは認める。

 だが――、すぐに打消しのひややかな感情が興奮に水を差した。


 ここには兵器が用意されている。

 つまり、それらは使われる為にある。

 使用者は誰であるか。それは俺だ。


 ――なんのために?

 戦うために。


 気がつけばすでに扉を超えていた。

 振り返ればそこには選択肢の無いたった一つの閉じた扉が浮かんでいた。

 かたわらの看板には、「三つだけ持ち出せます」と書かれている。

 退路はすでに断たれていた。


 悔やんでも遅い。

 いや、悔やむべきなのだろうか。

 状況に戦闘を強いられながら、戦闘をいとうような感情は生まれなかった。


 俺の過去とは、そういう人間であったのかもしれない。

 殺人鬼か、軍人か、ギャングか、警察官か、そういったたぐいの人間だ。

 暴力を手段の一つとして肯定する、つまり、善良な民間人(シチズン)ではない側にある人間だ。


 ――覚えておこう。

 俺は俺という人間を、少しだけ理解した。


 しかし、圧倒的だった。

 古今東西、原始から現代まで、すべての兵器が用意されているかのようだった。

 遠くに見えるのは、M1エイブラムス主力戦車だ。

 そのほど近くには、F22ステルス戦闘機のすがたさえある。


 そして俺は思った。

 ――扉を通れんだろ。

 どうやらこの兵器廠には根本的な欠陥があったらしい。


 神々の意思について少しだけ考えさせられたが、武器の数々を見て回ることには心が躍った。


 使う使わないは別として、つきつめられた機能美の造形は、ひとつの美術品として観賞するに耐えうるものだ。


 武器や兵器のそれぞれには、名称を示すタグと、簡単な説明書きが添えられていた。


 一本の飾り立てられた剣を前にして俺は立ち止まる。


『えくすかりばー:きれます。』


 その名称ならば記憶にあった。


 さすがに本物のエクスカリバーではないのだろうが、いや、そもそも本物が存在するかも怪しいキワモノだが、この兵器廠にあるということは、相応のシロモノであるに違いなかった。わざわざ、つかえない贋物を用意して紛れ込ませておく必要はないはずだ。


 銃火器のたぐいを観賞しているときには気がつかなかったが、剣や斧、槍などの原始的な武器の棚に移ると、兵器廠の異質さが如実にあらわれだした。


『げいぼるぐ:させます。』

『みょるにる:たたけます。』

『ろんぎぬす:かみのこころせます。』


 頭がくらりときた。


 なにせ俺は、この無限にも思える武器や兵器のなかから、最善となる三つの組み合わせを選択しなければならないのだ。それなのに、幻想的(ファンタジック)な力の作用までをも考慮しなければならないとは。


 ふと気づき、銃火器が並べられた区画に駆け戻って、俺はそれらのタグを見直した。


『AK-47:いっぱいうてます。』

『ばれっとM82:いっぱいうてます。』

『M202ろけっとらんちゃー:いっぱいうてます。』


 いっぱいうてる、とは、どういう意味かと考え、そして一つの兵器を目で探した。

 独特のフォルムをした、一本の長いツクシにも似た、その兵器を見つけるのは簡単だった。


『RPG-7:いっぱいうてます。』


 俺の記憶では、この対戦車ロケット砲は単発であったはずだ。

 見た目からして単発のシロモノだ。

 それが、「いっぱいうてる」とは――、考え、さらにタグのなかに答えを求めた。


『M136AT4:いっぱいうてます。』


 これが、答えだった。


 俺の記憶が確かなら、M136AT4は使い捨ての対戦車砲のはずだった。一回発射したならそれきりだ。リロードもできない。だから“いっぱい”は撃てない。だが、説明書きには“いっぱい”と記されている。


 つまり――、と考えた。

 “いっぱい”撃てると書いてあるのだから、“いっぱい”発射できるのだろう。

 それが無限であるかはわからないが、相応に“いっぱい”は発射できるのだろう。

 神の奇跡か、魔法の力か、そのあたりのなにかによって、だ。


 考え方を根底から改めなおす必要がありそうだ。

 弾薬が尽きれば、ただの鉄の棒でしかない銃火器類を選ぶ気はなかった。

 だが、無制限に発射できるとなれば、それなりに候補にも浮かび上がってくる。


 無限に連射できるハンドガン。

 無限に連射できるアサルトライフル。

 無限に連射できるロケットランチャー。


 たしかに強力だ。

 だがしかし――、十分な予備弾薬が存在する環境であれば、ただの銃火器だ。リロードの手間が省けることと、予備弾薬を携行しないでも良いくらいのメリットしか残らない。


 そもそも、三つの武器は同時に扱えるわけではない。

 状況に応じて持ち替えるにしても、三つも武器を携行するのは困難だ。

 使われない他の二つが死重量デッドウェイトとなって行動を大きく制限してしまう。


 おそらく、この三つの武器の選択は、賢い選択にはならないだろう。

 すべての戦闘距離レンジに対応するため、すべての武器を携行するわけにはいかないのだ。


 無限に走り、無限に撃てるM1エイブラムス主力戦車も候補としては挙げられるが、四人居なければ動かせないことがネックになる。おおよその戦闘車両は、操縦士と砲手が別々になっているものだ。


 ステルス戦闘機のF22はF22で離陸に長い滑走路が必要とされる。滑走路を必要としないAH-64Dアパッチ・ロングボウ戦闘ヘリを選択したとしても、飛行させられる自信がない。航空機の操縦には専門的な訓練が不可欠だ。


 自身の記憶を辿っても、航空機の操縦に必要とされるだろう専門用語の数が乏しい。一目して、動かせる気もしなかった。記憶喪失になっても、自動車の運転の仕方や、携帯電話の使いかたは忘れないのだと記憶してた。


 おそらく、俺という人間は、知識の偏りから考えて銃器の扱いには慣れている。

 だが、航空機や船舶を含めた戦闘車両の扱いには習熟していないと推察できた。

 飛んだは良いが降りられないでは、最終的に墜落して死んでしまうことだろう。


 使えない武器を兵器廠から持ち出しても、習熟のための訓練施設が無ければ役には立たない。そして、独学の訓練中に事故死するのは、あまりにも簡単だ。空や崖から落ちればそれで終わる。兵器が強力で複雑になるほど自爆するのは簡単になる。


 地平線の向こうまで続くだろう兵器廠のはるか彼方には、遠近法によって小さくなって見えているが、どこから見ても海に浮かぶ第二次世界大戦めいた大砲を山と積んだ鋼鉄の戦艦や、巨大な原子力空母のすがたさえも散見できた。イギリスかナチスドイツの列車砲のすがたさえ見つけられる。


 惜しい。実に惜しい。が、ここで男の浪漫や夢を追い求めてはいけないのだ。

 いま必要とされる選択は、実戦に耐えうるものだ。

 巨大で強力な兵器の数々は、観賞するだけに留めておこう。


 大量の兵器に囲まれ浮かれぎみだった心を落ち着け、ふと、手元にあるそれを発見した。

 黄色と黒の縞模様に囲われた、中央の赤いボタンがとても印象的だった。


『かくみさいる:いっぱいうてます。』


 ――いや、さすがにこれはダメだろう。

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