第9話  -分からない言葉遊び-

 ある晴れた日の放課後、今日もまた施設へと向かい足早に歩く心音ここねの姿がそこにはあった。


 それは彼女にとってはもう当たり前の日課の一つとなりつつあるようだ。

 特にこれと言った目的がある訳ではないが、今日一日過ごした学校での何気ない出来事を一輝に話す、ただそれだけで楽しく幸せな気持ちになれた。


 施設の中に入るとそこには五年生くらいの男の子数人と、その前に座る一輝の姿があった。

 いつも通り笛を吹こうとしながら近付いていくと何やら話をしているようだったので、心音ここねは男の子達の口元を見て話の内容を読み取った。


「今日お母さんからお友達と一緒に食べなさいって言われてミカンをいっぱい持ってきたんだけど、一輝兄ちゃんも食べるでしょ?」

「そうなんだ、ありがたくいただくよ」

「僕も食べる~! 良介くん、早く配ってよ!」

「ちょっと待って、さっき机の上に置いたんだけど、あれ?」

「机のどこ?」

「ほら、いつも鉛筆なんかを入れてる缶があるでしょ? そのアルミ缶の近くにあるミカンなんだけど」


 そこまで話すとなぜか子供達の会話が途切れた。


「あはははは、なんだそれ! アルミ缶の近くにあるミカンってダジャレのつもりか? くっだんねぇ~」

「違うって! そんなつもりじゃなくて」

「あはははははは……」


 一輝や子供達が笑っている姿を見て心音ここねは不思議に思った。


(え? 今の会話のどこに笑う要素があったの? みんな何がそんなにおかしいのかしら?)


 心音ここねは手にした笛を吹いた後、一輝の横に座り手を重ねた。


「いらっしゃい心音ここねさん」

『こんにちわ かずきさん』


 挨拶を交わしたあと、心音ここねは先程の会話の内容について質問をした。


『みんなで たのしそーにわらってましたけど なにがあったんです?』


 一輝はこの質問で心音ここねが子供達の唇を読む事が出来なかったのだと思い話の内容を説明した。


「いま良介君がミカンを持ってきたって話をしてたんだけど、その話が偶然ダジャレになってたんだよ」

『だじゃれ? おはなしわぜんぶみてましたけど どのぶぶんが だじゃれなんですか?』

「え? どのぶぶんって、アルミ缶のそばにあるミカンって所が……」

「一輝兄ちゃん! スベったダジャレの解説なんかしないでよ、恥ずかしいじゃんか」

「あははは、ごめんごめん」


 心音ここねは 説明された事の意味が分からなかった。


(ミカンをどこに置いたのか分からなくなったから、良介君はお友達に説明したんでしょ? で、机の上にアルミの缶があるから、その近くにミカンを置いたはずだって状況を説明したのよね? アルミ缶があってミカンがあって……やっぱり何がおもしろいのか分からないわ)


 心音ここねの指が止まり、何やら考え込んでいる様子を察した一輝が話を切り出した。


「どうしたの心音ここねさん? 何か悩んでるの?」

『いいえ なやんでるとかじゃなくて さっきのかいわのことを いっしょーけんめいかんがえてたんですけど なにがおもしろいのか わからなくて』

「分からないって、ダジャレが?」

『はい』


 ダジャレの内容が面白いとか面白くないとか、好きだとか嫌いだと言う事ではなく、会話のどこがダジャレなのか、その何が面白いのか、そんな根本的な事が分からない心音ここねに対し一輝は改めて聞いてみた。


『いまの みかんとちがうだじゃれわ なんどかまんがでみたことわありますけど そのときもやっぱりわからなくて』


 心音ここねは今までに見てきたダジャレの何が理解出来なかったのかを話しはじめた。

 

「布団がふっとんだ」

「内臓が無いぞう」

「猫が寝込んだ」等……漫画や小説の中で登場人物がダジャレを言う場面は結構ある。

 どれも定番中の定番でとても簡単な内容のものだったが、ダジャレとは本来、単語の発音が似ているが意味の違う言葉が並んでいるから面白いのだと思う。


 だが音を知らない心音ここねにとっては「猫」も「寝込む」も全く違う手話なのに何故並べると面白いのか……

 「ねこ」と「ねこむ」を音声言語の平仮名と言う記号に変換して似ているからと言われても「☆△」と「☆△◎」は似ているから面白いだろ? と問われているようなもので理解できないのだった。


「なるほどね……考えてみればそうだよ、ダジャレって音で聞いて楽しむものなんだから」

『おとってすごいですよね わらいやかんどー つかいかたで いろいろなじょーほーが つたわるんですから』


 一輝は改めて音のない世界について考えさせられた。

 最初は単純に聞く事の出来ない曲や、言葉の問題を解決すれば歌の楽しさを伝えられると考えていたが、話をすればするほど音には色々な情報があり、心音ここねが知らない事や理解出来ない事が多くあるのだと思い知らされた。


「聞こえる事が当たり前、と言うか、聞く事が全ての僕にはダジャレが分からないって想像もできなかったよ」

『それわ わたしもおなじです いまめをつむっても すでにえいぞーのいめーじがあるわたしわ かずきさんのいるせかいを そーぞーできていないと おもいますから 』

「そうだね、だからもっともっと心音ここねさんと話をして、色々と聞こえない世界や見えない世界の事を知り合えば、歌の楽しさを、虹の美しさを伝えられる答えを見つける事ができるんじゃないかな」

『はい わたしも そーおもいます』


 二人はこれからはどんなに些細な事も遠慮しないで聞き、もっとお互いの事を知っていこうと思った。

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