第8話  -心に突き刺さる言葉-

 次の日から心音ここねは色と言う物に対してあれこれと考えを巡らせていた。


 そもそも色とは物に反射した可視光線を目で捉え、その波長の違いを感じ取り名前を付けた物なのだから、そこには見ると言う行為が大前提として存在する。

 それを言葉だけで伝えようとしても簡単には的確な表現が見つからなかった。


(今まで深く考えた事がなかったけど、手話の単語だって見える事が当たり前として考えられてるのよね……赤は唇の色、黒は髪の色、青は髭剃り跡、黄色はヒヨコの色って感じで、その色をしている代表的な物を動作にして……そんな○○の色ですよなんて説明の仕方は目が見えない人には何の役にもたたないし、赤は燃えるような色とか暖かい色って表現にしたって、太陽や炎が燃えている様子を見て知っているからこそ分かる事だし) 


 いきなり高い壁に当たってしまったように何も思いつかなくなってしまった心音ここねは、週末になると指点字に興味を持ってくれた友人を誘い駅前にある図書館へと足を運んだ。 


 そこで多くの資料の中から目が見えない人に色を伝える為の方法を探し、どうすれば見た事もない虹の美しさを頭に思い描いてもらえるのかを話し合った。


心音ここねちゃん、そっちには何か使えそうな本はあった?』

『ううん、もっと有効な資料がいっぱいあると思ったのに意外と障碍に関する本って少ないのね』

『うん、盲目になる原因や病気は何だとか、医学書みたいに難しい事が書いてある本ばっかり』

『学校教育カリキュラムって本も見つけたけど、あれは役に立つような気がしないものね』

『そうそう、聴覚障碍児童の項目を読んでみたけど私達が嫌で嫌でしょうがなかった授業内容とか、辛いだけで結局は習得出来なかった事とか、そんな事しか書いてなかったものね』

『うん、きっと視覚障碍の項目も同じで、見えない世界を経験した事がない人が頭の中だけで考えた内容しか書いてないと思うわ』

『習得出来なかったのは私達生徒が悪いんだって言われたら何も言い返せないけどさ、せめて○○を教えましょうじゃなくて、□□すれば○○を理解させやすいですよって具体的な例くらい書いてほしいわよね』


 今更感もあるが、教育現場の人達は障碍に対する机上的な知識はあっても、実際に障碍を持つ者がどんな気持ちで過ごしているのか、何に悩んでいるのかを理解してはいないんだと心音ここね達は思った。


『それはそうと、心音ここねちゃん昨日も一昨日も施設に行ったんでしょ? 何をやってたの?』

『何って、私がまだ知らない点字の事を詳しく教えてもらったりとか、音楽の事を教えてもらったりとか……色々と……』


 友人が怪しい物を見るような顔で話し掛けてくる。


『へぇ~色々とね~、本当はそこに来てる一輝さんって人に会いに行ってるだけなんでしょ? そうなんでしょ?』

『な! 何を言い出すのよ!』


 心音ここねは突然の言葉に慌てふためいた。


『あの施設に行くようになったのは本当に偶然の出来事があって、それから怪我の治療をしてもらって……その……あの……』

『でも次の日からずっと通ってるのは怪我は関係ないじゃない、やっぱり一輝さんに会いたいだけなんでしょ? 好きになっちゃったんでしょ? 正直に白状しなさい!』


 刑事ドラマの取調べのような勢いで迫ってくる友人に対し、心音ここねは必死に否定を繰り返した。


『違うってば! そりゃ確かに一輝さんは優しいし、物知りだからお話してると楽しいし、だから一緒に居たいって思うけど……好きとかそんなんじゃ』

『どこが? そう言う感情を好きって言うんじゃないの?』

『それは……』

『あ~もう! 結局のろけられただけだった~悔しい~! リア充め爆発しろ~!』 


 ポカポカと頭を叩いてくる友人の攻撃を受けながら心音ここねは考える。


(でも本当はどうなのかしら……一輝さんは色々と尊敬出来る考えを持ってるし、相談とかもしやすいから恋人と言うよりは頼れるお兄ちゃんって感じだと思うんだけど……ん~……この子が変な事言うから自分でも何が本心なのか分かんなくなっちゃった)


 その時、二人はこちらをじっと見つめる小さな男の子の視線に気が付いた。

 きっと手話で会話している姿が珍しく何をしているのか興味を持ったのだと思う。

 心音ここねはこんな時いつも同じ事を考えていた。


(あ~あ、健常者の子供にも簡単に想いを伝えられる方法があったらいいのにな~、そうしたら、これは手話って言ってプールの中でも電車の窓越しでも、お手々だけでお話ができちゃう便利な言葉なのよって教えてあげられるのに)


 心音ここね達は男の子と母親の会話が気になり二人の口元を見つめていた。


「ねぇママ、あのお姉ちゃん達はさっきから何をしてるの?」

「あれはお耳が聞こえないからああやってお話してるの、ゆうくんもママとのお約束を守らない悪い子だとお耳が聞こえなくなって、お菓子が食べたいって事も、玩具おもちゃが欲しいって事も言えなくなっちゃうわよ」

「やだぁあぁああぁああぁ!」


 二人は母親の台詞せりふに唇を読まなければよかったと後悔した。


『またかって感じだから別にいいんだけどさ、もうちょっと言い方があると思うわよね、心音ここねちゃんもそう思うでしょ?』

『うん、これであの男の子は障碍者を見るのはいけない事、障碍は悪い事をした人がなるもの、手話は怖いものって思っちゃうんでしょうね』


 この母親が言ったような言葉を目にするのは彼女達にとっては別に珍しい事ではなかった。


 世の中で差別に対してのアンケートを取れば、ほぼ100%だと言っても過言ではない割合の人達が、それは悪い事だ、自分は絶対にやらない事だと答えを書き、堂々と差別は良い事だ、自分もやっている楽しい事だと書く人はまず居ないと思う。

 しかし現実はそんな答えとは裏腹に言葉の暴力で溢れている。


 この母親も悪意を持ってその言葉を発したのは分からない。

 本人も悪い言葉を使っていると思わないまま無意識に発せられたのかもしれないが、子供に間違った考えを植え付ける叱り方をする大人は少なくないような気がする。


「○○はいけない事だから止めなさい」と注意せず「誰々が怒ってるから止めなさい」と他人のせいにして自分の立場を守りつつ叱ったり、悪戯をしたり言う事を聞かない子供を戒めるのに障碍を持つ者の行為や容姿を利用して叱ったり、障碍を持つ者や弱い立場の者を見る行為自体が悪い事のように叱ったり。


心音ここねちゃん、今からあそこに行ってやけ食いするわよ!』

『もう、ムシャクシャするのは分かるけどまたあのお店にいくの? 太るわよ』

『え? じゃあ行かないの? 落ち込んでる友達を見捨てて帰っちゃうの? 酷いわ心音ここねちゃん!』


 ハンカチを取り出し泣き真似を始める友人に対し心音ここねは呆れ顔で答えた。


『行かないなんて言ってないでしょ、私も気晴らしがしたいんだから当然行くに決まってるじゃない』

『そうこなくちゃ! よ~し、それじゃしゅっぱ~つ!』


 そのまま二人は図書館を後にして、何度も通い常連客となっているケーキバイキングの店へと向かい、そこで心が晴れるまで食べ続けるのだった。

 

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