第05話 約束
ハーミスが中心街へと入ろうとした時、声が掛かった。
初めこそ驚いたものの、見知った顔に気が付いたハーミスの表情はすぐに緩んだ。
「お久しぶりです、ハーミスさん。お邪魔でなければお供したいのですが、宜しいですか?」
「邪魔なんてとんでもない。ついでに領主様の話でも聞かせてもらえれば嬉しいんだが……」
「私なんかの話でよろしければ是非。少し長くなりますけど」
「それでも構わないさ。じゃあ頼むよ、ユーミア」
ハーミスとユーミアの二人は、中心街を回った。
その道中に行われた話のほとんどが、ミィナの話だった。その内容は領主として頑張っていると言う話から、ちょっとした失敗談まで多種多様だった。
簡単な食事もとり、一通り街を回り終わった所でハーミスが口を開いた。
「少し行きたいところがあるんだが、いいか?」
「えぇ、構いませんよ」
そうして二人が辿り着いたのは、中心街から少しだけ離れた森の浅い所だった。木で作られた十字架が二つほど建てられており、その周辺だけに色とりどりの花が咲いていた。
「ハーミスさん、まさかこれって――」
「セントライル領の先代領主夫妻、つまり、ミィナ様のご両親のお墓だ。これを作るのにも随分と苦労したものだ。あの時は監視の目が厳しくてな……」
何かを思い出すような表情で、ハーミスはそう言った。
「私もここへ来るのはこれが初めてだ。信頼のできる部下にこれを作るように命令はしたものの、権力に目がくらんで当主を殺したと言う当時の立場を考えれば墓参り何て出来なくてな。サウスト領の人間に荒らされる可能性も考えて、誰にも墓がここにあることを言っていない。この三年間の様子をここから見て、ドレア様とシィナ様はどう思われたのだろうな……」
「さあ、それは本人に聞いてみないと分かりませんね。でも――」
ユーミアはそこで言葉を切って、中心街の方へと目をやった。
「今は笑って見守ってくれている気がします」
「あぁ、そうだな。もうこんな状況だ、この場所を公開しても問題ないだろう」
「そうですね。今度ミィナ様に相談しておきます。きっと、ここで眠っているお二人もミィナ様の決定なら納得するでしょうし」
「それもそうだな」
「さて、これで行きたいところが最後ならミィナ様の所に案内しますけど。……どうしますか?」
「あぁ、頼むよ」
そう答えたハーミスを、ユーミアはミィナの住まう屋敷へと連れて行った。
☆
「ハーミス⁉」
ミィナは明らかにサイズの合わない椅子から立ち上がり、そう叫んだ。
「お久しぶりです、ミィナ様。お元気そうですね」
「う、うん。皆のお陰で。ハーミスも元気そうだね。来るならもっと早く言ってくれればいいのに……」
そう言うミィナに、丁度飲み物を乗せたお盆を持って現れたユーミアが答えた。
「そんなことを言えば、ミィナ様は今日を開けるために無理してお仕事をするじゃないですか」
「それは……そうだけどさ……」
「ささ、今日はもう切り上げてハーミスさんと休んでください。後の事は私たちの方でやっておきますから」
ユーミアに勧められるがまま、ミィナとハーミスはその部屋にあった応接用のソファに腰掛けた。
二人以外が部屋から出てから、話が盛り上がるまでにさほど時間は掛からなかった。気が付けば、窓からは夕焼けが差し込んでいた。
「では、ミィナ様は今日……」
「うん、ソラにスキルを消してもらう。ここでの領主としての仕事も慣れてきたし、魔族と人間の関係もひと段落したみたいだから」
「そうですか……」
ハーミスは心配げな表情を浮かべた。ミィナのスキルは強力で、かつては多くの魔族が恐れたものだ。しかし、だからこそミィナを守るための抑止力にもなり得る。何より、自衛のためのものと考えればこれ以上ないぐらいに力強い。
そんなハーミスに、ミィナは笑顔で答える。
「大丈夫だよ。私には頼りになる仲間が沢山いる。それに、私は領主としてこの場所をスキルが無いと心配になるような場所にはさせない。だから大丈夫」
ハーミスの目には、その姿がとても立派なものに見えた。
不謹慎ではあるが、これまでの経験もミィナ様にとってはとても大切なものだったのかもしれない。
ハーミスがそんなことを考えていると、その部屋の扉が開かれた。
「ミィナ様、約束の時間です。ソラさん達が来てくれました」
「ありがとう、ユーミア」
「ハーミスさんも一緒に行きますか? 私たちは傍で様子を見るだけですけど」
「あぁ、是非そうさせて貰おう」
ミィナ達は屋敷の中の、少し開けた場所に移動した。
その場所では、ちょっとした人だかりができていた。それらは全員が、セントライル領で一定の権力を持つ者だ。その瞬間を見ておきたいと、集まってきたのだ。
ミィナが現れた瞬間、彼らはソラへの道を開けた。
「何か、思ったよりも人数が集まったね」
若干たじろぎながらそう言うミィナに、ソラは苦笑いを浮かべながら答える。
「それだけミィナの事が心配なんだよ」
「あんまり待たせても悪いし……。ソラ、お願い」
「分かった」
ソラは自分の右手をミィナの左肩に乗せ、目を瞑って集中した。
唯一の家族と故郷を失ったその日から、何度も人を覗いてきた。今のソラにとって、ミィナの中に無数にあるモノの中からスキルを見つけるのはそれほど難しい作業ではなかった。
ものの数秒で見つけ出したソラは、瞑っていた目を開けた。
「じゃあ消すよ、ミィナ」
「うん……」
ソラはミィナの中にあったスキル『死の霧』を消した。
ミィナの肩からその手が下ろされる。それと同時に、傍で様子を見つめていたユーミアが、心配そうに声を掛けた。
「ミィナ様、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。今までと何も変わらないよ。だって――」
ミィナは満面の笑みで答えた。
「私にはスキルなんかよりももっと大切なものが沢山あるから」
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