第05話 自立

 ギルド内の一室で、ギルドマスターは大量の書類に目を通していた。

 盆に湯気の立ったカップを乗せたヴィレッサはその部屋を訪れ、慣れない手つきで作業をしているギルドマスターに声を掛けた。



「ギルドマスター、少し休んではどうですか?」


「あぁ、そうだな。この仕事を代わりにやってくれる奴がいたら、だがな」


「それは……」



 ソラの手によって、一部のギルドの職員が姿を消した。

 彼らのやっていた事を思えば、それを悔やむことも悲しむことも出来ない。しかし、王国側の人間だったと言え、ギルドに溶け込むためにそれなりの仕事はこなしていた。ぽっかりと空いた穴は、ギルドマスター自身が動かなければならない程に大きい。

 ギルドマスターはヴィレッサからカップを受け取り、一口啜った。すぐに手元に視線を戻し、口を開く。



「それに、これぐらいは俺もやるべきなんだ。いくら手の込んだやり方をされたとは言っても、ギルドを裏から操られていたことに気付けもしなかった責任が俺には少なからずある」



 ギルドを束ね、冒険者の為にとずっと働いてきた。それでも結局、王国の陰に気が付けず、冒険者を危険から守ることが出来なかった。

 もっと早く気が付いて入れば。そんな言葉が、何度も頭の中をぐるぐると回る。一体それで、いくつの命を救えたのだろうか。

 そんな罪悪感と責任感を、ギルドマスターは目の前の慣れない仕事にぶつけていた。

 ヴィレッサはその様子を見守りながら、優しく声を掛ける。



「ギルドマスター一人の責任ではありません。私も含め、ギルドで職員として働いている人間のほとんどが責任を感じています。隣で働いていたのに、共に汗水を流していたのに、親しげに会話を交わしていたのに、誰一人として気が付けませんでした」



 ギルドマスターが顔を上げると、ヴィレッサの表情には悔しさが滲んでいた。



「だから、一人で抱え込むような事はしないで下さい。慣れない仕事なら、無理しないで下さい。私たちも出来る限りの事はしますし、同じ過ちを繰り返さないように努力します。それに――」



 ヴィレッサは悪戯っ気のある笑みを浮かべて、言葉をつづけた。



「ギルドマスターにその仕事は似合いませんから」



 ギルドマスターは少しムッとして、答えた。



「仕事の出来を言うのならともかく、似合わないってなんだよ。俺だってこれぐらいは出来る」



 そこまで言って、ギルドマスターは一つ伸びをした。



「……まあでも、確かに慣れてない事はするもんじゃないかもしれないな。体がむずむずする。少し休むか。他の奴らに今のうちに休めと伝えとけ。休憩が終わったら遠慮なく仕事を回すからな」


「分かりました。伝えておきます」



 ヴィレッサは笑みを浮かべてそう答えた。





 その日も、ギルドは慌ただしく動いていた。

 ギルド内ではギルドマスターとヴィレッサを中心に仕事をどうにかこなし、冒険者たちは生活のために身の丈に合った依頼を受けていた。

 装備を身に着けてギルドを出るルーク達に、ウィスリム達が声を掛ける。



「途中まで同行させてもらっていいかな? 人数は多い方が安全だから」


「そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらいます。……すみません、気を遣ってもらって」



 ルークの言葉に、ベルが答える。



「気にしなくていいですよ。一人の冒険者として、仲間を大切にするのは当たり前の事です。そうでしょう、ランドン?」


「え、えぇ。そうですね……」



 ルーク達の手前あまりそう言った言葉に乗りたくは無かったが、相手が副リーダーであるベルだったために乗らざるを得なかった。

 バツの悪そうな表情を浮かべるランドンを、皆が笑う。

 そんな中、クラリィが何かに反応する。

 フェミがそれに気が付き、クラリィと共に足を止めた。



「……?」


「クラリィ、どうかしたの?」


「いえ、誰かに見られている気がして……」


「トップクランのロートの人たちと一緒に居るからじゃない? あの人たち、ただでさえ目立つから」


「……そうですね。私の勘違いだったみたいです」



 どこか腑に落ちない表情をしながらも、クラリィはそれで納得することにした。視線は感じるが、辺りを見渡しても何もないからだ。何より、自分よりも実力があるであろうウィスリム達が何も感じていない様子だった。

 二人は前方で手を振るルーク達に、小走りで向かって行った。





「あやつらは大丈夫そうじゃな」


「そうですね。ご主人様やミラ様と出会う以前から冒険者として生活していたので、その点に関しては心配する必要は無かったのかもしれません」


「俺たちが敵として認識されてるから、王国でなくとも何かしてくる人間はいるかもしれない……と思ってたけど、あの様子なら大丈夫そうだね。助けてくれる仲間は多そうだし」



 ソラ達の視線の先では、ロートの面々と笑顔で言葉を交わすルーク達の姿があった。三年前はごたついていたランドンとの関係も、今では良い方向へと変わっているようだ。



「あまり過保護になるのもあれだし、俺たちは俺たちの居場所に戻ろうか」


「はい、ご主人様」


「そうじゃな」



 ソラ達はスキルを使って、その場所を離れた。

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