第04話 対話
ギルド内の応接室でギルドマスターは腰を掛けていた。対面には王国屈指の権力者であるプレスチアが座っている。ギルドマスターの傍には副ギルドマスターであるヴィレッサが、プレスチアの傍には護衛が数名立っている。
ギルドマスターはプレスチアの話を黙って聞いていた。口を開いたのは、プレスチアが一通り話し終わった頃だ。
「要は、謝罪をしてこれからも仲良くして欲しいって事だろ?」
その言葉でまどろっこしい言い方よりもきっぱりと言った方が良いと判断したプレスチアが、王国の狙いを素直に話すことにした。
「端的に申し上げるとそうなります。魔族の件だけでなく、王国はギルドに頼っている点がいくつかあります。王国の人員だけでは処理しきれない魔物討伐が最たるものです。王国は兵士に国を守ると言う名目があるが故に、王国外での問題に対応できる人間がそれほど多くありません。出来ることなら、これからも今まで通りギルドの手を借りたいのです」
ギルドマスターは、ソラが国のやり方を毛嫌いしていた理由が少しわかった気がした。
目の前に座っている人間は、王国の正義のために行動しているのだ。それは傍から聞けば褒められるような事なのかもしれない。
しかし、これまでの事を知ったギルドマスターにはそう思えなかった。
「手を貸すのは構わない。だが、今まで通りってのは無理だ。ギルドはもう二度と王国を信頼する事は無いだろう。プレスチア大臣、あんたの言葉通り国王が同じ悲劇を繰り返さないように努力していることが本当だとしてもだ。ルノウ大臣は未だ王国の重鎮として存在している訳だろ? 混乱を避けるためか? いいや違う。あんたらは非難の声が、今の国が崩壊してしまうのが怖いだけだ」
ギルドマスターの棘のある言葉に王国の兵士が若干名動きかけたが、プレスチアが片手で制した。
「事実を少しずつ開示するにしても、ソラ達の件はもう無理だろう。あいつらを魔族と争わないためのストッパーとして利用した時点でな。百歩譲って真実を開示するとして、それは一体いつの話だ? ソラ達の事が遠い過去の話となり、当時の状況なら仕方なかったと言えるようになったらか? 風のうわさで聞いた話じゃ、現時点で王国が公開した真実は随分と古い話ばかりだそうじゃないか。あんたたち王国は人間の為と言うが、俺にはその裏に『自分たちの安全を保障した上で』という言葉があるようにしか思えない」
「おっしゃる通り、魔族との接触後に王国が公開した秘匿してきた事象の真実は遠く離れた過去の話です。私にも、ブライ陛下にも、今の王国を崩壊させるほどの勇気も度胸もありません。ですが、自分たちの犯してきた罪を、身を持って償う覚悟はある」
怪訝そうな表情を浮かべるギルドマスターに、プレスチアはさらに言葉を続ける。
「そう遠くない将来、ブライ陛下は自身の退位と同時に隠してきた真実を全て開示します。その時、私やルノウ大臣を含めた強い権力を持った人間も共に今の地位を降りる。ブライ陛下のご子息であるシュリアス王子が、後を継いで国王になるはずです」
「それで王国が変われる確証は?」
「ありません。ただ、私たちにはこうして自分たちの代で問題を断ち切って、次代につなげる方法しか思いつかなかった。国民の反応次第では牢獄に永遠に閉じ込められることになるかもしれない。それでも、それで後の世代に繋がるのならとブライ陛下は選択した」
プレスチアはギルドマスターの目をまっすぐに見つめて、何かを懇願するように言葉を紡いだ。
「私たちの世代の遺恨を、次代に残したくないのです。新しい時代を築く彼らは、私たちの失敗を馬鹿々々しい嗤うでしょう。そして、同じ轍は踏まないように歩くはずです。こんな状況で私がこんなことを言うのは間違っている。ですが、言わせてほしい。どうか、未来の王国を信じてこれまでと同じように接して欲しい」
そう言ってプレスチアは頭を下げた。
しかし、ギルドマスターの態度は変わらない。
「俺には、自分たちが悲劇を被る選択を自らしたのだから許して欲しいと言っているようにしか聞こえない。あんたらは他人から多くのものを奪ったが、自分たちは何一つ失っていない。俺は王国がこの先変われるなんて思わないし、信用することもない」
ギルドマスターは表情を変えることなく、淡々と言葉をつづけた。
「魔族の件に関してはこれまで通り協力する。だが、その他に関しては優遇なんてしない。その他大勢の依頼者と同じ扱いだ。どれだけ王国が困っていても、依頼を受けたい冒険者がいなければ手は貸さない」
そう言い切ると、ギルドマスターは立ち上がって扉の方へと歩いて行った。
取っ手に手を掛けた所で、その場の全員に聞こえる独り言を呟いた。
「あんたらを信じてた頃の自分が馬鹿々々しくて嗤える。これからは同じ轍を踏まないように歩かないとな」
扉は閉められ、部屋の中にはプレスチアたちと重苦しい空気だけが残った。
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