第02話 握手

 ギルドマスターの話を一通り聞き終わり、ロートの面々とルーク達は建物の外へと出ていた。

 そのまま別れようとするルーク達を、ロートのクランリーダーであるウィスリムが呼び止めた。



「……君たちは、これからどうするんだい?」


「今まで通り依頼を受けて生活しようと思ってます。師匠たちがいなくたって、そのぐらいのことは出来ます。何より、師匠たちが自分たちの不名誉を受け入れてまで守ってくれた生活を、無駄にすることなんてしたくありませんから」


「そうか……。君たちに一つ提案があるんだが、ロートの一員になる気はないか?」



 ルーク達は予想していなかった提案に、一瞬動きが止まった。事前に伝えていたのか、ロートの面々に驚きの表情を浮かべている者はいない。

 ウィスリムはさらに言葉を続ける。



「君たちにとって、悪い話じゃないはずだ。ライリス王国がこれから先君たちの師匠をどう扱うかは知らないが、現状ではギルド内でも意見は割れている。何か事情があるに違いないと言う者もいれば、魔族を庇った時点で敵だと言う者もいる」



 魔族は絶対的な敵である。ほとんどの人間は、そんな思考を持っていた。それでも意見が割れたのは、ソラのギルドでの行動によるところが大きい。

 辺境の地からの依頼を進んで引き受け、ギルドを魔族の大群が襲った際には駆けつけて魔族を一掃した。それはギルドに住まう人々から一定の信頼を得るには十分すぎるものだ。

 それでも、ソラを敵視する人間も少なからずいる。いくら王国がルーク達に手を出さないと確信できたとしても、それだけで身の安全が保障されるわけではない。



「ギルドの中には、弟子である君たちを忌み嫌う者もいるかもしれない。だが、ギルドのトップクランの一員になれば早々手は出されないはずだ。ギルドの人間ならば、ロートというクランが、メンバーの一人一人をどれほど大切に扱っているかを知っている。デスペラードが消えて一強になった今のロートに、手を出すような馬鹿な人間はギルドにはいない」



 ギルドのクランと呼ばれる組織には、二つのトップクランが存在した。しかし、その片割れであるデスペラードは王国の息が掛かっていることが発覚し、ソラによって全てのメンバーがその姿を消した。結果、トップクランの一つは消え去り、現状ではウィスリムが率いるクランであるロートの一強になった。

 ロートの前リーダーであるギルドマスターが仲間思いなことも、その後継であるウィスリムがその思想を受け継いでいることもギルドでは周知されている。クランの一員に手を出せば痛い目に合うことぐらい、誰だって分かる。



「君たちが望むのなら、肩書だけを名乗って今まで通り生活してもらっても構わないと思っている。共に依頼を受けなくとも、肩書さえあればクランの恩恵は十分に受けられるはずだ」



 ルークはフェミとクラリィと視線を合わせた。二人ともルークの意見に賛成なのか、笑顔で頷く。

 ウィスリムの方へと向き直ると、ルークははっきりとした口調で言った。



「誘ってもらって有難うございます。でも、お断りします」


「……理由を聞かせてもらってもいいかい?」



 肩書だけならば、危険が減るだけで今までと何一つ変わらない生活が出来る。デメリットなど何一つない。だから断られる事は無いだろうとウィスリムは踏んでいた。

 ルークは驚きと困惑の表情を浮かべるウィスリムをまっすぐ見つめ、その問いに答える。



「確かに、今の僕らの状況ならクランの庇護下に入るのが最良の選択なのかもしれない。でも、僕らは大きな集まりの一員には出来る限りならないようにしたいんです。ギルドマスターと共に王国を訪ねた際、思ったんです。たとえ間違った真実だとしても、トップや周りが肯定していると間違っている可能性にすら気が付けなくなるって」



 ルーク達が王国を訪ねた際、ソラ達は人間の敵として認識されていた。それは王国の上層部だけにとどまらず、国民にまで広がっていた。ソラがカリアの呪いを解いたことも、ギルドを窮地から救った事も周知されていた。にも拘らず、ルーク達の知る限りではその真実を疑う者はいなかった。



「人間は生活する上で、様々なグループを作って、どこかしらに所属している。でも、師匠たちは違った。王国に所属せず、ギルドに所属せず、クランに所属せず、生活すら人里から離れた場所でしていた。そうしてずっと輪の外側にいたからこそ、魔族が敵であることにさえ疑問を持てた」



 敵も仲間も自分が決めるものであって、他人が決めるものじゃない。

 ギルドに現れた一人の魔族を庇いに来た時、ソラはそう言っていた。ずっと疑問を持たずに魔族が敵だと思い込んできたが、それは誰が決めたのかと聞かれれば明確な答えは無い。ただただ、先人たちの思想を受け継いだだけだ。



「ギルド全体には、王国は絶対に味方であるという風潮がありました。だからこそ、王国がギルドを裏から操っている何てこと誰も想像できなかったし、気が付けなかった。僕達には師匠達みたいな自分の意志を貫けるような力はありません。でも、せめて周りの影響を受けていない自分の意思を持っておきたいんです」



 そんなルークの言葉を聞いて、ウィスリムはそれ以上追及することを諦めた。



「分かったよ。そう言う事ならこれ以上はクランに勧誘したりはしない。でも、何か僕らに助けられることがあったら言ってくれ。出来る限りのことはする。クランの一員ではなく、一人の仲間として」



 そう言って、ウィスリムは右手を差し出した。

 ルークはウィスリムの右手を握り、握手を交わす。



「ありがとうございます。あまりないかもしれませんけど、何かあったら僕らも極力手助けをさせてもらいます」

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