第二章 ライリス王国

第01話 書簡

 その日、城の玉座に全ての貴族が招集された。

 誰一人として招集された原因が分かっていないため、近くにいる他の貴族と顔を見合わせながら何事だろうと想像を膨らませていた。

 それから暫くしてルバルドが現れ、周囲から騒音が一斉に消えた。それを確認してから、ルバルドの通った道にブライ、ハリア、シュリアスの三人が続いた。



「皆の者、まずは急な招集にも関わらず集まってくれたことに感謝させてほしい。早速ではあるが、これだけの人数を呼び立てた理由を話す。端的に言うと、今朝方国王である儂と話をしたいという旨の書簡が魔族側から届いたからだ」



 その言葉に全員が反応したが、誰一人として驚きのあまり言葉を発することが出来なかった。



「書簡は今朝、創り出されたであろう魔族によって届けられた。この国を守る兵士と同じ装備をしていたために、発見も随分と遅れた。その個体が攻撃的な様子を見せなかったことから、書簡を届けることが目的だったのだろう」



 同じ装備という言葉に、多くの者が背筋を凍らせた。

 もし仮に、魔族だけでなく人間まで創り出せてしまえるのなら――。そんな最悪の状況が、頭をよぎったからだ。



「儂はこの書簡に従い、一週間後に陥落した我々が作った砦へと魔王を名乗る魔族と会いに行く」



 これには貴族の多くが「行くべきではない」「罠だ」といった発言をした。

 それもそのはず、指定された場所は既に陥落した人間が作った砦。現時点でその周辺に人間はいない事は勿論、魔族側を刺激しないために視察すらも出しておらず、人間側はその場所を一切把握できていない。

 どう考えても、人間側にはデメリットしかない。

 ブライは自分の身を案じる彼ら彼女らを、片手で制した。



「行く、行かないの選択肢など元からない。書簡には来なければ即刻攻撃を開始するとある。今、王国を魔族から遮る障害物は一切ない。儂が行って攻撃を受ける可能性が少しでも減るのならばそうするべきだ」



 「卑怯だ」「卑劣だ」「姑息だ」。そんな声があちらこちらから聞こえた。ブライは思わず顔をしかめ、唇を噛んだ。

 ソラやティア、ミラを含めた多くの人間から卑怯で、卑劣で、姑息な手段を使って多くのモノを奪ってきたのは他でもない自分たちだ。果たして、自分の為に他人を陥れる行為を咎める事が今の王国に許されるのだろうか。



「魔族と接触するにあたって、今ここで三つ言っておきたいことがある」



 ブライは一呼吸おいてから、先程よりも大きな声で言葉を伝えた。



「一つ、儂の護衛以外の者は絶対に砦付近に近づくな。一つ、儂の身に何かあった場合、それ理由に魔族に手を出すな。一つ、万一儂が命を落とした場合、国王の権限の全ては王子であるシュリアスに譲渡する。以上だ」





「お疲れさまでした、父上」


「ありがとう、シュリアス」



 ブライは笑顔でそう返したが、その表情はどこか優れないものだった。

 そんなブライに、ハリアが声を掛ける。



「大丈夫ですよ、あなた。確かに、今まで王国が真実を秘匿してきたという事実は許されないものかもしれません。ですが、そのお陰で今があるのです。過去に関しては仕方なかったと割り切るしかありません」


「最近、時々思うことがある。仕方がないと言って、いつまで真実を秘匿し続けるのだろうと。今だってそうだ。儂たちは未だにソラ君の事も、ミラ・ルーレイシルの事も真実を語れていない」



 それを公開してしまえば、大きな混乱が起こる。魔族との戦いが予断を許さない状態でそんなことは出来ない。だから仕方がない。

 そう判断しているが、果たして魔族との戦いを抜きにしても公開に踏み切れるだろうか。



「きっと、公開すれば国に対する信頼は大きく揺らぐ。中には多くの民を守るための犠牲と言ってこの愚行を許す者もいるかもしれないが、全員がそうであるはずがない。最悪の場合は、王国に対する反乱が起こり得る」



 そんな会話を傍らで聞いていたルバルドは、ソラの言葉を思い出していた。



『少なくとも、人間は綺麗ごとだけでは平穏を作り出せない』



 もう既に、王国のやり方は引き返せないところまで来てしまっている事を、ソラは察していたのだろう。だからこその『今の』なのだ。

 何年、何十年、何百年も前から都合の悪い事実を隠す事で平穏を保って来た。秘匿して来た都合の悪い事実は、全てを公開すれば国の信頼が揺らぐほどに積み重なっている。

 ブライが沈む中、シュリアスは前向きだった。



「父上、どうか一人で抱え込まないでください。これは父上一人ではなく、王国全体の問題です。例えそれが民衆に受け入れられなかったとしても、平穏を望む思いは皆同じです。その時は民衆と共に新しい方法を模索すればよいのではないですか? この国は父上だけのものではなく、ここに住まう全ての人間のものなのですから」


「……あぁ、そうだな。その通りだ。どうやら、私は冷静さを欠いていたようだ。随分と視野が狭くなっている」



 そう言った後、ブライはシュリアスに微笑みかけた。



「これなら、この先の国を任せられそうだ」


「ご冗談はおやめください、父上。僕なんてまだまだ未熟者です。ですから、きちんと帰ってきてください」


「儂の護衛にはルバルドが付いて来てくれる。きっと、無事に戻って来れる」



 顔色が良くなったブライに視線を向けられたルバルドは、見るだけで安心できるような自信に満ち溢れた笑みを浮かべながら答えた。



「ご安心ください、ブライ陛下は私が命に代えてもお守りします」





 その日、姫であるカリアは体調不良により自室で休んでいる――はずだったのだが。



「パリス様」



 その言葉と共に背中をつつかれ、振り向いたパリスは目を見開いた。

 そこにいたのは、今パリスがいる兵士用の宿舎にいるはずのない人物だったからだ。



「――カリア姫っ⁉」



 カリアは驚くパリスに対して、人差し指を唇の前で立てて静かにするようにジェスチャーで示した。

 それからカリアは真剣な表情をして、小さな声でパリスに語り掛けた。



「パリス様にお願いがあるのです」

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