第02話 我儘
その日、プレスチアは準備に追われていた。
先日発表された魔王からの呼び出しの中で、ブライ、プレスチア、ルノウの三名が名指しされていたのだ。
しかし、目の前に現れた四人によってその手は止められていた。
プレスチアの唖然とした表情のまま、どうにか口を開いた。
「カリア姫……今何と――?」
「私はソラと会いたいのです。……いえ、会いに行きます。そのためにここにいる三名をお借りしたいのです」
「……パリスたちは納得しているのか?」
そう言いながら、プレスチアはカリアの背後にいるパリス、レシア、ライムの三名へと視線を向けた。
「はい。僕達は他の方と違って王都を離れた後のソラを知りません。王都へと魔族を助けに来た時はその場に居ませんでしたし、魔族の大群と衝突しかけた際にはルバルド兵士長の命令でその場から動けませんでした。実際に会って、ソラと話をしたいのです」
それに呼応するように、レシアとライムも頷いた。
「……カリア姫もご存知の通り、今ソラ君は魔族が住まう領域にいます。あちら側は我々人間にとって完全に未知であり、生息している魔物も、魔族がどこから攻撃してくるかも分かりません。あまりに危険です」
「そのために三人をお借りするのです。いつかプレスチア様は仰ってくださいましたよね? 三人がお父様が満足できるほどの実力を身に付ければソラのところまで共に行けるかもしれない、と」
「そんなこと――」
「言っていない」。
そう言おうとしたプレスチアだったが、言葉を詰まらせた。三年前、ソラが王都を出る数日前にカリアを招いてプレスチアの住まうディルバール邸で食事をした。その時確かに言ったのを、たった今思い出したのだ。
しかし、例えそうだとしてもそう簡単に要求を受け入れることは出来なかった。こんな状況で、魔族の元へ向かうなど死にに行くようなものだ。
やはり、こんな提案を受け入れることなどできない。そう思ったプレスチアだったが、それを伝えるよりもカリアが口を開く方が早かった。
「プレスチア様は言葉添えをした下さるだけで……いえ、お父様と私を合わせてくださるだけでも良いのです。最近では、顔を合わせることはあってもゆっくり話すことが出来ませんから。それと、私は断られても、たとえ一人になっても、どうにかしてソラと会いに行きます。王族がこんなことを言ってはいけないのかもしれませんが――」
少しの間を空けてから、カリアははっきりとした口調で、プレスチアの目をまっすぐに見つめて言った。
「国の為でも、人間の為でもなく、私自身の為にです。ソラが王都を出た時から、私はソラの元へ行くのが楽しみで仕方がありませんでした。ですがソラの故郷の消滅を聞き、私は三年の間ソラが死んでしまったものだと思っていました。ですが今、ソラは生きていて、遠くはありますが同じ空の下にいるのです! 私は何としてでも、ソラと会いたい!」
プレスチアは諦めの表情を浮かべた。
「国の為でも、人間の為でもなく、私自身の為」。その言葉は、プレスチアの心を大きく揺らした。プレスチアは国の裏側を知りながら、国や人間の為に口を噤んでいた。本を正せば、ソラが遠い地へと行ってしまったのはプレスチアを含めた国の上層部が原因だ。
国の為、人間の為に多くの人々を散々振り回してきたプレスチアに、振り回されたせいで会えなくなった友との再会という願いを拒むことなど出来なかった。
「……分かりました。私の方で陛下との都合は合わせましょう。しかし、私が言葉を添えた所で陛下が納得するとは限りませんよ?」
「それでも構いません。私が直接説き伏せて見せます」
カリアは力強く、そう言った。
「それと、二つ条件があります。カリア姫もご存知の通り、私たちは明日魔族と接触します。一つ目はその接触後である事、二つ目が近づくだけで攻撃されることが無い事です。」
「要は、魔族と接触してから判断したい、という事ですよね?」
「その通りです。明確な境界線が無く、近づくだけで攻撃をされるようならカリア姫の行動を許可することは出来ません。ほぼ確実に命を失うような場所で、さらにソラに会える可能性が皆無なら行く意味もないでしょう? 完全に、とは言いません。カリア姫と三人の身の安全がある程度確保されていて、ソラに会える可能性がある場合にのみ助力させてもらいます。これ以上妥協は出来ません」
四人は、プレスチアの条件を呑むことにした。
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