第10話 伝達

 エクト達はまず、人間の領域との境界線を決めた。

 候補地は二か所あった。

 一つは、人間と魔族の両者が砦を立てて睨み合っていた場所だ。エクトの創り出した大量の兵隊によって人間が放棄した場所である。

 もう一つは、その後に人間が後退してから新しく建てた砦だ。こちらはエクトが創り出したこの世ならざる生き物によって人間が放棄した場所だ。前者よりは簡易的な造りではあるものの、周囲の地形を考慮すれば進軍を防ぐ砦としては十分なものである。

 これらの場所ならば砦がそのまま使えるため、仮に人間の攻撃があったとしても対応しやすい。そのため、この二か所が候補地として挙がったのだ。



「魔王様、一つお聞きしたいことがあるのですが」



 ハーミスは、首を傾げるエクトに言葉を続けた。



「先代魔王様が好んで従えていたイサクトさん達の基地を破壊する時に使用したスキルについてです。あの時、魔王様はスキルで空中に移動した後、巨大な岩石を作り出して基地を押しつぶしましたよね。あれを一度に複数創り出すことは可能ですか?」


「やったことないから分からないけど、出来ると思う。基地を押しつぶした時と同じ大きさなら十個以上は確実に出来る自信がある」



 強力な造りをした地下にある基地を完全に押しつぶしてしまえる程に大きな岩石。そんな大きさならば、勿論地上にあるものなど簡単に破壊できる。



「それでしたら、私に策が――」



 ハーミスはエクトに作戦を伝えた。



「そうなると、境界線は人間が新しく作った砦で、僕らが守るのは人間と魔族の砦が睨み合っている場所……ってことになるのかな?」


「その通りです。念のため、境界線付近での監視は必要でしょう。しかし、そちらに配備するのは戦闘員ではなく身軽な伝達係のみでよろしいかと」



 人間に境界線だと提示する場所には監視役のみ。守りを固めるのはその向こう側にある砦。その中間地点に存在する空白の空間は、人間が攻撃を仕掛けてきたときにその様子を監視・把握するために使用すればよい。ブラフとして、その空白の空間には魔族の軍団が控えていると人間に伝えておけばより安全である。

 ハーミスの話を聞いたエクトは、感心しきった様子で頷いた。



「それで行きましょう。他のみんなはどう? 意見があれば聞くけど……」



 そう言って、エクトは周囲にいる魔族の様子を窺った。結果、いくつか意見は出てきたが、どれもハーミスのそれには見劣りするものばかりだった。

 そうして、ハーミスの策が採用されることになった。



「後は僕の力を見せるためにも人間を呼び出さないといけない訳だけど……」


「魔王様がソラさん達から聞いた話では、王の他に二名ほど有力な権力者がいるとの話でしたよね?」


「そうですね。出来るだけ高い立場にいる人間に来てもらいたいから、その三人は確実に呼び出したいです」



 人間との接触と言っても、エクトが直接赴くというのは危険すぎる。そのため、逆に人間を呼び立てることにした。呼び立てた上でエクトの力を見せ、威圧する。威圧の目的は魔族に対する好戦的な態度を完全に削ぎ落すことにある。

 そのため、多くの人間を動かす事の出来る位の高い人間を呼び出す必要がある。

 話を聞いていた一人の魔族が、疑問を口にした。



「人間を呼び出すための伝達はどうするのですか? 以前言葉を発するだけの魔族を作り出して、人間の居る場所までただただ歩かせたという話は聞きました。しかし、前回と違って事前に向かう兵がいないため、その方法では辿り着く前に魔法などで攻撃されてしまう可能性もあるかと」



 少しの間を空けてから、エクトが口を開いた。



「僕が直接行けば、手紙か何かを人間の居る場所まで移動させることは出来ると思います」



 しかし、多くの魔族からそれは危険だという意見と、魔族からの手紙だと相手に確信を持たせることが出来ないという意見が出てエクトはそのまま黙り込んだ。

 エクトの攻撃能力はかなり高い。しかし、相手からの攻撃に対する防御力などは普通の魔族とそう変わらない。呪術に掛かりでもしたら、魔族側にとっては最悪の状況に陥ることになる。

 皆が静まり返る中、ハーミスが口を開く。



「魔王様の手紙という手段は良いかもしれません。問題はそれが魔族から送られたものであると相手に確信させ、妨害を受けることなく届けることが出来るかどうかです。前者については、魔王様が創り出した生き物に書簡を持たせれば問題ないでしょう」


「でも、それだと辿り着く前に攻撃を――」


「あくまで、遠くから見て魔族だと分からなければ良いのです。例えば、人間の兵士と全く同じ装備を身に纏った魔族であればどうでしょう?」


「……そうか、それなら――」



 少し不自然にはなるかもしれないが、少なくとも突然攻撃されることは無いだろう。何せ、仲間である可能性があるのだから。

 近づいて兜の下を見れば魔族だと分かるだろうが、そこまで近づければ目的は達成しているようなものだ。



「幸い、我々は人間の砦を二度陥落させています。人間の使用している防具なら、すぐに手に入るでしょう。魔王様には一体の魔族と、それに見合った人間と同じ見た目をした武具を生成したいただきます。それに書簡を持たせ、人間の居る街に向かって歩かせる。中身が魔族だと確認できる距離なら、まず複数人で放つ書簡ごと消し飛ばされるような魔法は使用されないはずです」



 その後すぐに、エクトの元に人間が使っていた砦から回収した武具が送り届けられた。

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