第09話 策略

 全ての魔族を束ねる魔王が住まう城。

 かつてソラとエクトのスキルがぶつかり合ったことによって廃墟同然の状態になっていたこの場所だが、今では綺麗に修復されていた。そのほとんどがエクトのスキルによるものだ。

 そんな場所のとある一室で、エクトはハーミス含めた数名の魔族を呼んでソラから聞いた話をそのまま伝えていた。



「――といった経緯があったとの事で、ソラさん達には僕のスキルで威圧しておくことを勧められました」



 ソラ達の事情を初めて聞いたこともあって、少しの間誰も口を開かずに何かを考えこんでいた。

 次に言葉を発したのはハーミスだ。



「そう言う事なら、私はソラさん達の意見に従うべきだと思います。魔王様の望みで、戦闘のための資源は全て生活を豊かにする事に使用するとのことです。そんなところに付け込まれでもしたら、どうなるか分かりません。何より、現状魔王様と各領主との繋がりはセントライル領を除いてほぼ無いと言っていい程です。人間と手を取り合うにしても、もっと堅牢な状態にしてからの方が良いかと」



 その言葉に反論する者はいなかった。

 人間にとって砦を越えた場所にいる魔族が未知であるように、魔族にとっての人間もまた未知である。唯一の人間であるソラ達の意見を尊重するのはそれほど不思議なことではない。

 そして、ここまではエクト一人でも予想できたことである。エクトがハーミス達の手を借りたかったのは、その先の事だ。



「力で威圧する、って言うのは僕が今まで領主を相手にやって来たことと大した差はないから別に問題はないと思う。でも、それだけじゃ人間が僕らに対して何もしない事の確証が取れない」



 要は、確実に魔族を守れる方法が思いつかなかったのだ。

 少し考えてから、ハーミスが口を開く。



「……それならば、明確なルールを提示してはどうでしょうか?」


「ルール?」


「はい。例えば、人間が越えてはいけない境界線を作るのです。威圧するのですから、ルールはこちらが都合の良いように考えたものを押し付ければいい。より効果的にするのならば、境界線付近に侵入者を襲う仕掛けを作れば良いかと。こちらの方が圧倒的に実力があると示せている今ならば、見掛け倒しのものだけで大丈夫なはずです」



 境界線付近のみで、見掛け倒しで簡易な物でよいのならばさほど労力は掛からない。多少負荷が増えたにしても、魔族全体を人間から守れることを考えれば十分過ぎるほどに釣り合いが取れる。

 そこまで聞いて、ハーミスの部下である一人が口を開いた。



「それならば、ミラさんの力を借りれば良いのではないですか? 私が話を聞いた限りでは、そう言った分野に関して彼女は飛びぬけた技術を持っているとか」



 その言葉に、エクトは首を横に振った。



「今回の件で――いえ、魔族と人間に関する問題でソラさんやミラさんの力を借りることをするつもりはありません。平穏を望んでミィナに付いて来たソラさん達を、こんなことに巻き込みたくありませんから。それと、これからのために僕たちだけで解決する術を身に付けておくべきです。一人の力に頼りきっていた先代魔王が治めていた時代と同じ状況を僕は望まない。今の為ではなく、これからの為にも大きすぎる力に頼ることは避けるべきです」



 大きすぎる力を持っているからこそ、エクトはそれに頼るべきではないと思っていた。それを見せるだけで他者を従えられることは、領主との接触で身を以って経験した。



「僕は力で他者を動かすことが悪い事だとは思わない。でも、それに頼り過ぎるべきじゃない。それが無くなった時に全てが瓦解してしまうような、脆さを生み出してしまうから。いずれは力以外の何かを持っている魔族が現れて、その人が魔王になれるような世界になればいいんだけど……。流石にこれはただの妄言かな」



 力以外の何か。

 言葉では上手く表現できなかったが、ハーミスにはそれが分かった気がした。ミィナの両親は、特別何かの分野で秀でていたわけではない。それでも皆が慕い、付き従った。それと同じものを、きっとミィナも持っている。

 そういった魔族が頂点に立つ世界は、素晴らしい世界に違いない。

 ハーミスは、エクトに笑顔で答えた。



「魔王様ならきっと実現できますよ。例え出来なかったとしても、『目指すのと諦めるのとでは、過程も結果も全く違うものになる』。そうでしょう?」



 聞き覚え――いや、言い覚えのある言葉に、エクトは若干戸惑った。だが、すぐに持ち直した。

 ハーミスの言う通り、目指す事と諦めることは違う。だから、これからもエクトはハーミス達と共に理想を目指して一歩ずつ、時には後退しつつも前へと進む。

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