第08話 相談

 セントライル領中央街の一角で、どこかの店の店主が野太い声で叫んだ。



「盗みだ! 誰かあいつを捕まえてくれっ!」



 人通りの多い道の向こう側を指でさす。多くの人が振り向いたが、既に人ごみに紛れて誰の事を言っているのか分からなかった。

 ガクリと下がる肩に、誰かが手を掛けた。

 店主が振り向くと、そこには一人の人間がいた。手には先程盗られた商品がある。



「盗まれたものはこれですよね」



 ソラは続けて「どうぞ」と言って、それを手渡した。



「あぁ、ありがとう。助かったよ、ソラさん」


「それじゃあ俺はこれで。やらないといけないことがあるので」



 それだけ言うと、ソラはその場から姿を消した。





 魔族の男はギョッとした。先程盗んだはずのモノを入れていた袋が、突然軽くなったからだ。急いで中を確認すると、やはり中身は無くなっていた。

 小さく舌打ちをする。盗みの仲間から、今自分の身に起こった出来事を聞いたことがあったからだ。その情報によると、この後は――。



「くそっ。今日はついてねぇなぁ……」



 鉄格子の向こう側に、きちっとした制服に身を包んだ魔族と、一人の人間がいた。

 突然場所が変わった原因は目の前にいる人間だった。スキルを使って、半ば強引に牢の中まで移動させられたのだ。



「ご苦労様です、ソラさん。早速で申し訳ないのですが、犯行の状況を――」



 ソラは盗みを働いた場所とその時の状況を伝えた後、看守の魔族はその場を離れようとしたソラへと声を掛けた。



「ソラさんとお話したいことがあると、魔王様がいらしているそうです。すぐにミィナ様がいらっしゃる屋敷へとお願いします。ミラさんやティアさんもご同行させてほしいとのことです」



 ソラは礼を言ってから、その場を離れた。





 ソラが二人を連れてセントライル領の屋敷へと向かうと、連絡を受けていたのかすぐに通された。

 辿り着いた部屋の扉を開けると、護衛を後ろに連れたエクトがいた。



「お久しぶりです、ソラさん、ミラさん、ティアさん。お元気そうで何よりです」


「エクトさんも、相変わらずお元気そうで良かったです」


「それで、こんなタイミングで俺たちに何の用? てっきり、魔王としての仕事が忙しくて暫くは会えないと思ってたんだけど……」



 それにはエクトではなく、ミラが答えた。



「このタイミングじゃからではないか? エクトが魔王として皆に認知され、力で威圧するような作戦をとったことから大きな反乱も無く落ち着いた。これで脅威は無くなったが、それは魔族領内での話。そうじゃろう?」



 その言葉に、エクトは頷いた。



「ハーミスさん達の助力もあって、他の魔族をまとめるための行動は今のところ順調です。魔族をどんな形でまとめるかも、どうやってそれを実現するかもある程度の道筋は立ちました。しかし、どう考えても僕らでは人間との交流に対してどうすればいいのかが思い浮かばないのです」


「それはそうじゃろうな。人間と魔族の唯一の接点が互いの砦間で行われる戦闘だけなのじゃから。仲よくするにしても、突き放すにしても、蹂躙するにしても、情報が少なすぎる」


「ミラさんのおっしゃる通りです。僕らだけではこれ以上前進できません。そこで、ソラさん達に意見を頂こうとここまで来たんです」



 少し考えてから、ソラが口を開いた。



「エクトは、人間とどういう関係で接していきたいと考えてるの?」


「一つの前提として、戦闘は極力避けたいと考えています。ソラさん達はご存じないかもしれませんが、魔族領には貧困街と呼ばれる場所が点在しています。そこに住まう魔族は否応なしに苦しい生活を強いられますし、努力をしても大半の場合は報われません。戦闘をするような余力があるぐらいなら、彼らの救済措置に回したいんです」



 貧困街。それはエクトにとっては出身地であり、ミィナやユーミアと出会った場所だ。貧困街での生活とそれ以外の場所での生活の両方を経験しているエクトには、出来る事なら貧困街と呼ばれるような場所を無くしたいという強い思いがあった。



「それでは、エクトさんの選択肢は『手を取り合う』か、そもそも『関係を持たない』のどちらかと言う事ですか?」


「そうなります。現状では、前者の方が良いという意見が多いです。全くの無関心を貫き通すよりも、表向きだけでも手を取り合って相手の情報を得た方が良い、というのが主な理由です。ソラさん達はこの意見、どう思いますか?」


「俺は反対かな」


「私もです」


「妾もソラやティアと同意見じゃ」



 何度も話し合った結果を三人に否定され、エクトは少し驚いた。



「それでは、関係を一切持たない方が良いと言う事ですか?」


「俺はそれが良いと思う。でも、単に関係を持たないだけじゃ人間が襲ってくる可能性もある。だから、エクトが魔族領でやった方法が一番いんじゃないかと思う」


「……スキルを使って威圧する、ってことですか?」


「人間をまとめているのは王国と呼ばれる集団じゃ。その集団は妾やソラのような大きな力があって、集団の意思に反するような人間は排除しようとする。それほどまでに、王国は個人が力を持つことを恐れておる。そしてそれは、圧倒的な力に対して強い警戒心を持っているとも捉えることが出来る。要は、圧倒的な力を見せて警告するのが一番効果的なのじゃよ」


「それなら、僕のスキルを使って威圧しながら関係を持つことも選択肢に含まれるのではないですか?」



 その質問には、ソラが答えた。



「それはあまりお勧めできないかな。少しでも関係を持とうものなら、絶対どこかで付け込まれる。人間側にはそういうやり方を許容する者が少なからず存在していて、俺たちはそれを嫌というほど経験してきた」



 ソラはミラとティアの方に視線を移す。二人が頷くのを確認してから、言葉を続けた。



「今更隠すようなことでもないからエクトが聞きたいのなら話すけど、どうする?」



 エクトは若干の恐怖心を覚えつつも、素直に頷いた。

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