第03話 因縁

 空に現れた巨大な岩が、小さな小屋を地下にある巨大な空間ごと踏みつぶした。辺りの空気と地面が大きく振動する。



「これで五……。ハーミスさん、早く次の場所へ向かいましょう」



 エクトたちが破壊しているのは、魔王がイサクト達のために作成した施設だ。手の施しようのない者は苦しまないように殺し、助けられるものは助け出し、中にいる研究員は全員殺し、最後に全てを破壊する。研究結果の資料などは念のためすべて回収しているが、残忍で残酷な研究の報告書が大多数を占めているためそのほとんどは処分することになるだろう。

 つい先ほど破壊したのは五個目の研究施設だ。エクトの行動が見つかると逃げられる可能性もあるため、出来る限り急いで行動をしていた。

 そして、最後の研究施設へと辿り着き、最後の部屋の扉を開けた時だった。中に白衣姿の魔族が一人ポツンと立っていた。



「久しぶりだね。エクト君、ハーミス君」


「……まさかイサクトさんがいるなんて。僕はてっきり逃げていると思っていたけど……」


「逃げるなんてことしないさ。僕には今は亡き魔王様が作ってくれたここしか居場所が無い。この外に出たって、人格を否定されて追い出されるだけさ。それはここにいる誰もが理解している。悲しいことにね」



 イサクトは、何かを思い出すような表情をしながらそう言った。

 そんなイサクトに、エクトが問いかける。



「……なぜその悲しさが分かっていて、こんなことが出来るんですか?」


「君は私が間違っていると本気で思っているのかい? 我々は被検体が無ければ薬さえ作ることが出来ない。多くの犠牲のもとに安全性を確立して、初めて他の魔族を救う薬として流通させることが出来る。私たちが好奇心として扱った命など、助けた命に比べれば微々たるものなのだよ。多くの命を助けたのなら、それに見合う対価があったっていいじゃないか。金や権力の代わりに、私たちは助けた命よりも少ない命を報酬として受け取った。働きに見合わない対価で私たちは満足していたんだ。別に悪い話じゃないだろう?」


「確かに数だけで言えばそうなのかもしれない。でも、それは正しい事じゃない」


「ほう。エクト君、君は大勢の同胞を救う事が間違いだと言うんだね。是非その理由を聞かせてもらいたいものだ」


「そんな大した理由じゃありません。ただ――」



 今までずっと振り回されてきた。魔王という絶対の存在はエクトやミィナにとっては厄災だった。しかし、圧倒的な力というのはいるだけで周囲を威圧し、権力者の暴走を抑え込んで平穏を保つ。

 しかし、例えそれで大勢が救われていたとしても、その大勢にとってはそれが正しい事だとしても――。



「命の重さを比べている時点で、その話に正しさはない。例え大勢を救うためだったとしても、それは命を犠牲にしてもいい理由にはならない」


「ずっと魔王様の傍にいたんだ。そんな綺麗ごとで終わらせられるほど、世界は単純ではない事は分かっているだろう? 現に、僕たちが犠牲にした命が無ければ死ぬしかなかった命だって少なくないはずだ」


「確かに、綺麗ごとだけの世界を実現することは不可能だと僕も思います」



 本気でそんな世界を実現しようとしているミィナでさえ、いつかは不可能だと悟る日が来るかもしれない。

 それでも――。



「それでも、僕はそんな世界を目指したい。完全や完璧は無理でも、それに近い状態になら出来るかもしれない。目指すのと諦めるのとでは、過程も結果も全く違うものになるはずです」



 イサクトは、思わず笑みを浮かべた。



「なるほど、それが君の答えという訳か。私には理解できない答えだ。きっと、君には信じてくれる仲間がいるのだろうね。この先の世界は私には酷く退屈そうだ。生きる楽しさを見いだせない程にね」



 イサクトは、いつの間にか手に持っていた一粒の薬を飲み込んだ。そして倒れた。

 一瞬の出来事にエクトたちは戸惑う。体が全く動かないのを少しの間確認してから、ハーミスが確認のために近づいた。



「……間違いなく死んでいます」


「そう……ですか……」



 エクトは糸が切れたように、その場に座り込んだ。



「大丈夫ですか、魔王様」


「やめてください、ハーミスさん。僕はまだ――」


「いえ、もうエクトさんは魔王になったんですよ。たった今、先代魔王の仲間はこの世界からいなくなりました。だから魔王を名乗り、多くの魔族が認めているあなたが今、この瞬間から魔王です」


「……そうですね。これでやっと、この世界を動かせる。これからは忙しくなりそうです」


「どこまでもお供致します、魔王様」



 ハーミスに続き、エクトに付き従うもの全員が片ひざを折った。

 エクトはその景色に顔を引きつらせながら、小さな声で呟いた。



「まずはこれに慣れないといけないのか……」

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