第一章 魔王

第01話 一歩

 魔王の死から数か月後。

 魔族全体へと魔王の死亡は伝わり、多くの者たちが悲しみに暮れることをせず魔王の座を求めて争いを始めた。

 そしてそれは、かつてセントライル領の主を殺したサウストも同様だった。

 魔王の命令によって手は出せなかったが、今は状況が違う。一部の兵士を魔王お気に入りのハーミスの元へと預けていたが、この際彼らの事などどうでもいい。圧倒的な戦力を以ってして、セントライル領を配下に治める。

 そう考え、魔王への一歩としてサウストは多くの兵を引き連れてセントライル領へと向かっていた。



「うん? なんだあいつらは」



 自分の仲間へと引き入れるためにセントライル領へと向かっていたサウストは、道中に立つ人影に首を傾げる。まだセントライル領まではかなりの距離があるため、不審極まりない。

 やがて、その大半がサウストの方へと向かって走ってくる。彼らは一切武器を装備していない、サウストが治める領地の兵士たちだ。サウストを囲んでいる兵士たちは驚きつつも道を開き、サウストの元へと連れて行った。

 そして、彼らは今にも泣きだしそうな表情で口を開いた。



「サウスト様、セントライルの者に手を出してはいけません!」


「こちらから手を出さなければ反撃はしてこないそうです!」


「どうか、どうか進軍はお控えください!」


「これ以上進めば、敵と見なされて攻撃されてしまいます!」



 サウストはぽかんと口を開けたまま呆けた後、高らかに笑った。



「お前ら、何の冗談だ? こっちはこの大軍だぞ? 大した兵力も無いセントライル領の支配には過剰すぎるぐらいだ。……あぁ、分かった。魔王様と繋がっていたハーミスの事だ、何かクスリの被検体にでもされたんだな?」



 それでも食い下がる彼らだったが、サウストの一言によって他の兵士に抑えつけられてしまった。

 指揮官らしき兵士が、サウストへと問いかける。



「サウスト様、あそこに人影が……」


「構わん、進め。あんな精神異常者共の話なんて鵜呑みにする必要はない」


「はっ!」



 そうして、進軍を再開した時だった。

 目の前の空に、炎の球と氷の塊と雷の龍と岩石、そして風の塊が現れた。それぞれが数個ずつ出現しており、そのどれもがあり得ないほど巨大なものだった。

 それを見た者は武器をその場に捨て去り、サウストがいることも忘れて我先にと来た道を戻り始めた。

 しかし、そんな彼らに容赦なくそれらが降り注いだ。鼓膜が破れそうなほどの轟音と、立つことが不可能なほどの揺れがサウストたちを襲った。ほとんどの者が頭を抱え、身を小さくしてしゃがみ込んだ。しかし、そんな彼らにその攻撃は一撃も当たらなかった。代わりに周囲の地面を派手に抉っている。

 それらが収まった頃、サウストの前に一人の魔族が現れた。



「な……、だ……、え……?」



 突然の出来事に、サウストは上手く呂律が回らなかった。

 それを気にも留めず、年若い魔族は五大属性を見せびらかせるように出現させながら口を開く。



「魔王の座はこの僕のものだ。邪魔をしない意思を示すのなら、魔王になった僕が命令をするまで自分の領から出てくるな。それをしないのなら――」



 出現していた五大属性は、その大きさを変化させて先程サウストたちを襲ったものと同等のものになった。



「この力を以ってして、その全てを破壊する」



 それだけ言うと、その魔族は忽然とその姿を消した。

 呆気にとられながら、サウストが口を動かす。



「て……いだ……」


「サ、サウスト様……?」


「撤退だ! 今すぐ帰還する! 準備を急げ!」





「お疲れ、エクト」


「あれだけ暴れれば十分じゃろう」


「すみません、お二人とも。ここまで来て頂いて」


「いいよ、別に気にしなくて」


「距離を作り出す、か。現在地と自分との間に創り出せば、やはり遠くへの移動もできるようじゃな。まあ、ソラと違って感知能力がないために移動先の視認は必須になるわけじゃが」



 エクトは今まで物体と自分との間を作り出し、物体を遠くへと運んでいた。物体を現在いる場所へと変更すれば、勿論自分が移動する事だって可能である。



「それで、僕は手伝って頂けるのでしょうか、ハーミスさん」



 三人の会話を後ろから見守っていたハーミスとその部下数名。先程まで呆気に取られていたが、声を掛けられて我に返る。



「あぁ、十分だ。エクト君が魔王の座を手に入れて、目的を達成するまで手伝わせてもらうよ」



 ハーミスの目的は、エクトの戦闘能力を見る事。ハーミスが今まで見ていたのはエクトが生物を作り出すところでしかなく、仕事の大半がその司令塔だったためにエクトのスキルはほとんど見ていない。

 だからそれを実際に目をしてから、エクトが魔王の座に就くことが可能かどうかを判断することにしていた。



「その……手伝って貰う僕が言うのもなんですけど、本当にセントライル領を離れていいんですか? やっとハーミスさんの望み通りの世界になったのに」


「いいんだ、その方が上手く回る。経緯がどうであれ、私には領主殺しという紛れもない大罪がある。そんな物騒なモノ、ミィナ様の作る世界には似合わない」


「しかし、それを気にしている者などほとんどおらんのじゃろう? そもそも、その領主と一番近かったユーミアも、その子孫であるミィナも気には止めておらぬようじゃし」


「確かに私を咎める者はほとんどいないかもしれない。それでも、私はこちら側の方がミィナ様の役に立てる。この三年間、魔王様の近くにいたお陰でその周辺の事はかなり詳しい。私以上に次期魔王の側近に適した人材などいないだろう。セントライル領に割く時間が少なかったことは悔やまれるが、こうして役に立てたのならそう悲観することもないのかもしれないな」



 エクトが魔王になった時、その手助けをする側近としてハーミスは名乗りを上げたのだ。ハーミスの言葉通り、これ以上に頼りになる人材は他にいない。

 ハーミスの背後へと視線を向けながら、ソラが口を開く。



「少なかったと言っても、ハーミスさんがセントライル領のためにずっと動いていたのは皆理解していますよ。そうでなければ、こんなに集まるはずないですから」



 ハーミスの後ろにいるのは、ハーミスと同様にセントライル領を離れ、魔王の側近として働くことを決めた魔族だ。その全員が、この三年間ハーミスと情報を共有してミィナの帰りを心待ちにしていた者である。

 ハーミスが魔王の側近に手を挙げた時点で、彼らはハーミスについていくことを決断した。



「さて、最初の一歩は上手くいったようじゃが……」


「まだまだ喜んでられません。僕の様に魔王の座を求める魔族の争いは、この程度じゃ収まらないのは確実ですから」



 エクトは拳を握り締めると同時に、改めて気持ちを引き締めた。その瞳には強い意志が宿っており、迷いは一切ない。

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