第04話 意図 

 ギルドマスターは、懐から取り出した紙の束を目の前の机に乱雑に広げた。一瞬見ただけでは、それが何なのかは理解することは出来ない。ただし、それはルノウを除いての話である。



「ギルドには二つのトップクランがある。その一つが”デスペラード„だ。そしてその創始者がビトレイ。つまり、ギルドでトップレベルと呼ばれる人員の内、半数がこの国が手綱を引いている人間になる。それだけじゃない。トップクランだけじゃなく、ギルドの職員や冒険者も一、二割はそうだった」



 なぜそんなことを知っているのか。そう言いたげなルノウに、ギルドマスターは苦笑いを浮かべながら言葉を続ける。



「ギルドのトップにありながら、つい最近まで気が付かなかった。我ながら情けないったらありゃしない。それに気が付かせてくれたのは他でもないネロ――いや、ソラだった」


「まさか、ビトレイを殺したのは――」


「十中八九、ソラだ。あんたが手綱を引いている人間を一人残らず消すなんてことを出来る奴は、ソラを除いてギルドには存在しない」



 その言葉に、カリアが思わず口を開いた。



「そんな、ソラがそんなことをするはずが――」


「姫様が知ってるソラがどんな奴なのかは知らないが、俺たちの知っているソラは人を殺すことを躊躇するような奴じゃない。ただ、ソラは理由も無く命を奪うような事はしない。今回の件も理由がある。ルノウ大臣、あんたなら心当たりがあるだろう?」



 そう言われて、全員がルノウの方へと視線を移した。

 ルノウは呆然とした様子で、ぼそぼそと言葉を紡いだ。



「私は国の存続に興味を示さないネロを危険人物として、ビトレイと情報を共有していた。そんな中魔族の大軍を一振りで消し去ったという噂を聞き、私自身が接触を試みた」


「そして、あんたは意図的に自分の仲間を殺させた。あんたの性格からすると、目的はネロへと攻撃するための大義ってとこか?」


「その通りだ。私と弟の目的はネロを呪術で縛り付け、その力を国の為に使う事だった。しかし、そんな行い余程の理由が無ければ大っぴらに使うことは出来ない。だから王国の上層部である私の護衛を殺すという国に対する敵意を民に示すことによって、大義を作り上げることにした」



 その言葉に、その場にいる王族の四人が驚く。ルノウからは要求を拒否され、問答無用で護衛の命を奪われたと聞いていたからだ。



「あんたの弟はネロを人形にするために、本人ではなく弟子としてネロを慕っている三人を狙った」



 ギルドマスターは隣の三人に視線を向けてから、言葉を続けた。



「こいつらに仕向けられたのは対人戦に特化した人殺しだった。だが、ソラ達はそれに気が付いて助けに向かい、間に合った。そして、その日の内にギルド内にいたあんたらの息が掛かった人間は一人残らず消え去った。ルノウ大臣、あんたの推測通りなら、ソラは記憶を辿って繋がっている全ての人間を見つけたんだろうな」



 驚愕の事実に狼狽うろたえるその場の人間は、暫くの間言葉を発することが出来なかった。ソラと対峙した時の会話からルノウが弟子である三人へと手を出しているのは知っていたが、まさかここまで周到な準備を裏で進めていたとは思いもしていなかったのだ。

 カリアは最初こそルノウから話を聞いて憤っていたが、落ち着きを取り戻していた。それが時間経過によるものなのか、たった今立て続けに発覚した事実に圧倒されたせいなのかは分からない。

 一つ息を吐くと、カリアは父親であるブライに向かって問いかけた。それは最初に耳にした時から気になっていたが、出来事が積み重なりすぎてずっと聞けなかったことだった。



「お父様、一つ聞きたいことがあります。ソラ達が魔族を助けに来た時、一緒にいたあの女性を見て言いましたよね? ミラ・ルーレイシルと。お父様は彼女を御存じなのですか?」


「それは……」



 ブライは思わず言葉に詰まった。

 そんな景色を、ルーク達は思わず身を乗り出して見入っていた。本当の名前は分からないが、ミラと呼ばれている人物ならば心当たりがある。ましてやソラと共にいたとなると、ほぼ間違いないだろう。

 言葉を躊躇うブライに、ギルドマスターがしびれを切らした。



「あんたらはずっとそうして来たんだろうな。自分たちの都合で真実を隠し、人を殺し、そして自分たちの平穏のためのそのやり方を誰も否定しない。その結果が今の状況。そうだろう?」



 その言い様に、ルノウが思わず声を張り上げる。



「我々は人間の平和のために真実を隠しているんだ。それの何が悪い? これは好奇心だけで知って良い様な話では――」



 ルノウの言葉を、ブライが遮った。



「ルノウ、もういい。私が全て話す」


「しかしブライ陛下――」



 ルノウは、ブライの表情を見て止めることを諦めた。



「ギルドマスター殿の言う通りだ。国の平穏という大義を振りかざして、全ての行動を正当化してきた。しかし、きっとそれは誤りだったのだろう。ソラ君が我々に対してあんな態度をとったのも、ミラ・ルーレイシルが国という組織を嫌っているのもそれが原因だ。混乱を防ぐためにも、今すぐ全ての人間に真実を明かすことなんて出来ない。だが、せめてここにいる者たちには真実を明かそう。真実を全ての国民へと開示する、最初の一歩として」



 こうして、王国がひた隠しにしてきたミラ・ルーレイシルの過去が紐解かれることになった。

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