第05話 開示

 ブライは少しの間を空けてから話し始めた。

 その場にいる全員がそれへと耳を傾ける。



「その昔――ミラ・ルーレイシルと言う名の優れた錬金術師がいた。彼女の技術は考えられないような速度で成長し、人々の生活を便利にするためにあらゆるものを作っていった。そんな中、人間と魔族との戦争が始まった。当時の国王はあらゆる手段を用いて全力で魔族と戦った。しかし、ミラ・ルーレイシルは戦いのために自分の力を使うことを拒んだ。我々王族は何度も交渉を試みたが、それらはすべて無駄に終わり、やがて彼女は寿命を迎えて死んだ。天才と呼ばれた錬金術師を人間は失った――はずだった」



 そこまで聞いて、ギルドマスターは驚きの表情を浮かべる。



「はずだった? まさか、生き返ったとでも言うんじゃねぇだろうな?」


「生き返った、と言うと少し語弊がある。……転生と言うのが正しいだろう。彼女は錬金術以外にもう一つのスキルを持って生まれていた。それは彼女が寿命を迎えるまで一切の動きを見せなかったことから、未知のスキルという事しか分かっていなかった。そのスキル――"輪廻転生„の効果が分かったのはミラ・ルーレイシルが寿命で死を迎えた五年後だった。人間が魔族との戦争に躍起になっているさなか、5歳の少女がミラ・ルーレイシルを名乗って王都へとやって来たのだ。そしてその人間は正真正銘、ミラ・ルーレイシル本人だった」



 誰一人として、開いた口が塞がった者はいなかった。



「彼女は生前の記憶とスキルを継承したまま転生した。さらに、転生したことによってのスキルが追加されていた。この世界にある生まれた瞬間に一定確率でスキルを授かるという通説は、彼女の事例から生まれたものだ。当然、彼女の転生に多くの人々は喜んだ。それから暫くして魔族との戦いにかなり消耗した国は、非人道的な作戦を立てた。仲間と部下の命を盾に、ミラ・ルーレイシルへと戦争に協力することを強要するというものだ」



 ブライはさらに言葉を続ける。



「人のための錬金術しか知らない彼女を抑えつけるのは簡単だった。彼女の知り合いが全員死んでからは、拷問で無理やり力を使わせた。その頃から、彼女を拘束すること自体がとても困難になり始める。魔法陣を介さずにあらゆる素材へと錬金術を行使し始め、転生によって得た魔法で抵抗し始めたのだ。しかし、それから程なくして彼女は二回目の寿命を迎えた。彼女の死後、国はミラ・ルーレイシルを秘密裏に、全力を以って捜索した。探し出すのは鑑定スキルを使えば簡単だ。なにせ、"輪廻転生„というスキルを持っているのだから。彼女は初めて転生し、王都を訪れた際に五年を過ごした後に前世の記憶がよみがえったと話していた。だから彼女を見つけた王国は五歳までに彼女の体と精神を、武器とスキルを使って壊した。しかし、その時には彼女の中に『光属性』と『呪術』のスキルが宿っていた。彼女は全力で抵抗した。信じられない速度で成長し、時に自己を修復し、時に自力で呪術を解き、我々の同胞を何人も殺した。それでも、彼女一人では限界があった。そして当時の王国にとっては、彼女による同胞の犠牲よりも、彼女の創り出す武器の方がずっと重要だった。だから何百年もそれを続けた。時に加減を間違えて殺し、時に寿命で死に、時に彼女は自ら命を絶った。そして、転生する。それを繰り返すうちに彼女のスキルは増え続け、我々に抵抗するために彼女はそれらの全てを極め始めた。そしてとうとう、王国に限界が来た。魔族との戦いはほぼ停止し、国全体が疲労状態。それに加えてミラ・ルーレイシルの実力は王国が抑えられる限界に近づいていた。だから王国は最後に、武器ではなく体を作らせた。何年、何十年、何百年経っても劣化しないであろう体を。その中に自身の魂を呪術で縛り付けさせ、地下深くへと封印した。封印の中には周辺の人間以外の生き物から命をエネルギーとして変換して取り入れる仕組みも組み込ませた。その仕組みはミラ・ルーレイシルが意識を失ったまま生きる事の出来る最低限のエネルギーを半永久的に供給し続け、彼女が死ぬことを阻んだ。そうして王国は、彼女を転生させることなく、永遠の時を無意識のまま生かせ続けることに成功した。その封印の影響か、周辺には魔物が近寄らなかった。やがてその場所に人が集まり、村ができた。後にその村は、と呼ばれるようになった」


「待ってください、お父様! それでは、まるで彼女の封印を解いたのが――」


「間違いなくソラ君だ。あれはそう簡単に解けるようなものではない。だが、ソラ君はかつて魔族が雁字搦めに掛けたカリアの呪いを解いたことがある。どんな経緯かは分からないが、ソラ君がその封印を解いたと考えるのが自然だ」



 そして、ブライはこう言った。



「我々は国の平穏の為の、仕方のない犠牲として多くのものを差し出してきた。ソラ君やミラ・ルーレイシルはそのうちの一人だ」



 そこまで聞いて、ルークが勢い良く机を叩いて立ち上がった。



「師匠たちは王国に害をなすようなことを、一切してないじゃないですか! あなたたちが勝手に敵視して、危険視して、排除しただけです! どう考えても仕方のない犠牲ではなく、あなたたちの身勝手な犠牲ですよね⁉」


「私もルークに同感です。ブライ陛下たちは知らないかもしれませんけど、師匠たちはギルドで私たちを含めた沢山の人を救ってくれました。それもあなたたちと違って、一切の犠牲を出さずにです!」



 興奮する二人に、ルノウが冷めた口調で答えた。



「そんな綺麗ごとが通用するほど世界は単純ではない。確かに君たちの師匠は国の犠牲になった。しかしあの二人、そしてその他大勢の犠牲があったお陰で国は――人間の多くは平穏な生活を送れている。それは素晴らしい事であり、多くの者が望んでいる世界だ」



 ルークとフェミが何かを言い返そうとしたが、その前にクラリィが口を開いた。

 二人と同様に怒りに震えているのは分かるが、感情的なものではなくとても静かなものだった。



「本当に身勝手な話ですね。ネロ様の居場所を自分たちの都合で奪っておきながら、自分たちの都合が良いように歴史を捏造する。国はいつでも正義で、それに抵抗する者は悪。そんな構図を人々に提示し続ける。そんなやり方、私にはふざけているとしか思えません」


「そうしなければ平穏は続かない。人はそれぞれが違う意思を持って動いている。ある程度強制できる力が無ければ、大勢で共存することなんて出来ない」


「……ネロ様が人間の存続に無関心な理由が少しわかった気がします。否応なしに奪われることが正義で、仕方のない犠牲。あなたは今までそれを実行し、国はそれを黙認してきた。さも、それが運命かのように」


「国が大勢の人のために存続するためには少なからず犠牲が必要だ。人として生まれてその犠牲となるのは、運命として受けれる他ない」


「その理論が通用するのなら、国自体が何かのための犠牲になることも運命として受け入れるべきですよね? 例えそれが、魔族の繁栄のためであっても」



 その言葉には誰も答えなかった。

 クラリィはさらに続ける。



「他人に自分たちのための犠牲になる運命を押し付けておいて、自分たちが犠牲になる運命を拒絶するなんておかしいですよね? もし私が犠牲になった立場なら、そんなことをしている国が滅びようともどうでもいいとしか思えません」



 冷たく重い空気が包み込む部屋に、クラリィの言葉が木霊こだました。

 その後しばらくの間続いた沈黙を、扉が勢いよく開かれる音が破った。現れた兵士の様子にただ事ではないと察したブライが、口を開く。



「何事だ⁉」


「魔族をせき止めていた砦が……陥落したそうです」

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