第06話 始動
セントライル領の中央街にある、領主の屋敷前。
その日、その場所に、セントライル領に住まうほとんどの魔族が集結していたからだ。その理由は他でもない、現領主であるハーミスの命令によるものである。
ハーミスが屋敷のバルコニーからその姿を見せると、辺りの騒めきは静寂へと姿を変えた。
「本日、皆を呼んだのには勿論理由がある。ここにいる全ての者にとっての吉報を、まずは知らせようと思う」
ハーミスが後ろへと視線を向けると、一人の少女が現れる。
ソラ達といた時とは異なり、落ち着いた色のドレスを着ていた。しかしその年若さと緊張した面持ちのせいか、貴族などの権力者にある独特の雰囲気は一切と言っていいほどに無かった。
それでもその姿に民衆がざわついたのは、額から突き出した二対の小さな角があったことと、ハーミスの一つ前の領主の面影があったせいだ。
騒めきをもろともせず、ハーミスは声を張り上げる。
「察している者もいるとは思うが、この方は正真正銘セントライル・ミィナ様だ。このセントライル領の正統な血統を持つ唯一の魔族である」
騒めきは歓声へと変わる。そして、緊張していたミィナの面持ちもさらに硬いものへと変わっていった。
ユーミアはそんなミィナの肩へと優しく手を乗せた。
「緊張なさらなくても大丈夫ですよ、ミィナ様」
「う、うん……。分かってはいるんだけど……」
多くの視線を浴びながら声を発したのは、ギルドでソラの助けを求めた時が初めてだった。その時は混乱していて必死だったから何かを考えるようなことはできなかったが、今は状況が違う。
そんな二人のやり取りを微笑まし気にちらりと見てから、ハーミスは再び口を開いた。
「事の詳細は後日連絡があるはずだ。各地域の担当者には事情は全て説明していある。今は端的にこれからセントライル領で起こることを話す。まず、私は今の座を正統な後継者であるミィナ様へと譲渡する。その後は――」
そこまで言って、ハーミスは一歩後ろへ下がり、ミィナへと優しい眼差しで自分の居た場所へと移動するように促した。
ミィナは緊張しながらも、ぎこちない足取りでその場所へと進む。多くの民衆が口を噤んで見つめる中、ミィナは一つ深呼吸をしてから口を開く。
「私は自分の両親がどんな風に治めていたのかも、人の上に立って何かをしたことも無い。でも、どうしても実現したい世界がある。私は今までの人生で、大きな力によって為すすべなく奪われる光景を何度か見た。それは居場所だったこともあったし、命だったこともあった。でも、今の私はセントライル領の領主という他人から何かを奪うことが出来てしまう
半ば叫ぶようにそう言い切ったミィナに対し、惜しみない拍手が送られた。
それに思わず照れ笑いを浮かべるミィナの背後で、ハーミスは感慨深げにその姿を見つめていた。
「本当に立派に育ってくれた……。ユーミアに任せたのは正解だったかもしれんな」
「私だけでは無理でしたよ。ハーミスさんが人間領まで繋いでくれて、ソラさん達が魔族領まで繋いでくれた。私はミィナ様に寄り添っていただけです」
その言葉にソラが反応する。
「寄り添っていただけで十分なんですよ。家族の居ないミィナにとっては、ユーミアさんの存在は何より大きかったはずです。人も魔族も、一人で生きていけるような生き物ではないですから」
ミィナとユーミアは、ルノウからユーミアを助けた後でソラの過去の話を聞いていた。だからこそ、その言葉が心に重く響く。
その時、拍手と歓声がやんで静かになった。
静寂の中、ミィナの声が響く。
「それと、私から皆にお願いがあります。ずっと私とユーミアを支えてくれた三人を
その言葉に続いて、ソラとティア、ミラが民衆の前へと顔を出した。勿論、認識を阻害するコートは着ていない。
人間と言う事もあり、当然不穏な雰囲気が流れ始める。
それでも、ミィナは屈することなく言葉を続ける。
「私とユーミアが初めて会った時、この三人は皆みたいに動揺はしなかった。種族の違いなんて気にせず、命の危機にあった時には躊躇いなく助けてくれた。でも、そのせいで人間の街に居場所を無くしてしまった。そんな三人に、私は居場所を作ってあげたい」
拍手も歓声も沸かなかった。ミィナは申し訳なさそうな顔をしたが、三人は気にしなかった。
ミィナの最初の演説は、それからさほど時間を掛けずに閉幕した。
☆
その後、ハーミスとユーミアはやる事があるからとその場を抜けた。
その間、ミィナはソラ、ティア、ミラと共に立派なソファに腰を掛けていた。しかし、ミィナの表情だけはどこか優れない。
「……ごめん」
「別に俺たちは気にしてないよ」
「初めから何となく予想はついていましたからね。昔と違ってご主人様も、ミラ様も、私も、人間と魔族との間にあるものには何となく触れてきましたから」
「妾たちとしては、ミィナが大衆の面前で存在を認めると宣言してくれただけで十分じゃよ。後は自分たちでどうにかするから気にする必要はない」
「それに、一応仕事はハーミスさんに見繕ってもらってるし。周りに煙たがられたとしても、生活が出来れば十分だよ」
ソラのその言葉に、ミィナは首を傾げた。
「ソラ、仕事って何?」
ソラは笑みを浮かべながら答えた。
「警備員」
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