第05話 次世代

「エクト、起き上がって大丈夫なの⁉」



 そう言いながら、ミィナはエクトが起こした上半身を支えた。



「ミィナ、それとソラさん、ありがとうございました。僕、魔王様に操られている時も、途切れ途切れだったけど意識はあったです。でも、ミィナとソラさんが魔王様と対峙していた時の事は不思議とよく覚えてる」


「そうだったんだ……。でも、良かった。私の事覚えててくれて……」



 ミィナの瞳から、大粒の涙がこぼれた。

 ミラから記憶が無いかもしれないと聞いていたから、エクトの口から自分の名前を聞けた感動は尚更大きかった。

 エクトはそんなミィナの姿を少しの間見つめてから、ハーミスの方を向いて口を開く。



「ハーミスさん、僕は魔王様と一緒にいた頃の記憶があります。だから魔王様の周りで動いていた人の事も知っている。他の誰よりも僕が適任だと思います。それに何より――」



 エクトは手を胸の高さまでもっていき、掌を天へと向けた。

 それから少しして、火、水、雷、土、風がその上へと出現した。それは五大属性と呼ばれるものであり、ソラとの戦いの際に見せたものだった。エクトはそれを、一つのスキルによって作り出している。



「他者を操るような力は僕にはありません。でも、僕にはこれだけの力があります。僕を操っていた魔王様ほどではなくとも、ある程度は纏めることが出来るはずです」


「私たちとしてはそうして貰えると助かる。でも、その前に一つ聞いておきたいことがある。その言葉を聞く限り、何か強い目的のようなものを感じる。君は何を思って魔王様の代役を務めようとしているんだ?」


「それは……」



 エクトは口ごもった。答えたくないというよりも、ここでは言いにくいといった様子だった。その視線はチラチラとミィナの方へと向いている。

 ミィナの方はといえば、首を傾げるばかりで何が原因なのか分かっていない様子だ。

 気を利かせたユーミアがミィナの手を取る。



「ミィナ様、少し向こうへ行きましょうか」


「……え? ちょっと待ってよユーミア、私もエクトの話を――」



 ユーミアは「いいから」と言って、ミィナを半ば強制的に少し離れた所へと引っ張って行った。

 それを見送ってから、エクトは再び口を開く。



「僕は魔王様が何をしていたかをずっと見てきた。好奇心の赴くままに命を弄んで、周りを振り回していた。でも、そんな魔王様と良好な関係を築いていた者もいた」



 それを聞いて、ハーミスの脳裏にはイサクトの姿が浮かんだ。

 魔王に魅入られて、自分たちの好奇心の赴くままに活動をしていたマッドサイエンティストとでも呼ぶべき存在だ。



「僕は魔王様が生きる世界を見て、力さえあれば大抵のものを自分の思うがままにねじ伏せられる事を知った。ミィナの語っていた世界はとても魅力的で、僕も可能ならばそんな世界を創りたいと思う。だけど、今の状況じゃ絶対に叶わない。だから僕は、力を以ってして平和な世界に邪魔な彼らを皆殺しにする。僕は何度も理由も無く殺されていく魔族を見てきた。それは魔王様が許していたから全てまかり通っていた。僕はその根本を断ち切って、一度構成をリセットする。そして出来る事ならば、ミィナが望むような世界を継続できるように再構築したい」



 魔王が作り上げた残酷な世界の崩壊と、ミィナが望む世界の構築。

 それがエクトの目的だった。



「それが本当に実現出来るかは分からないけど……」



 少しの間を空けてから自信なさげにそう呟いたが、ソラとミラが同時に答えた。



「「出来る」」



 ソラとミラはチカラがある故に、その影響力をよく知っていた。

 驚いた表情をするエクトに、ソラとミラが言葉を掛ける。



「強すぎる力を持ってさえいれば、それを示すだけで簡単に自分の意思を突き通せる。逆に力が無ければ、強大な力を示された時にそれに従う以外に生きる道は無くなる。それはここにいるミィナを慕う皆も知っているはず」



 その言葉に、ハーミス達は無言で答えた。

 実際に圧力を受け、その中でいくら頑張ってもミィナの無事は祈る以外の方法が無かった。この三年間、痛いほどに自分の無力を感じていたのだ。



「エクト、お主は妾とソラがなぜこんなところに居られると思う?」


「いえ……」


「力があったから。ただそれだけの理由じゃよ。力が無ければ人間を敵に回した時点で死んでいる。お主が見てきた罪なく死んでいった魔族のようにな。逆に、お主にはそれを実行できるだけの力がある。使い方は間違えるなよ?」



 エクトの心臓がドクンと鳴った。今まで魔王が間違っていて、自分が正しい。そう思っていたから何の疑問も持たずに自分の目的を持っていた。だが、もしどこかで道を間違えたら、その魔王と同じことが実行できてしまう。

 そんなエクトに、ソラが声を掛ける。



「でも、そんなに気にし過ぎることも無いと思うよ。全員が納得できる正義何てこの世界にはないんだから。自分が信じる自分のための正義を貫けばいい、俺はそう思う」



 エクトは、確かにその通りだと思った。



「……もし僕が間違った方向に向かっていたら、止めに来てくれますか?」


「エクトと俺の正義が対立するようなことがあれば。出来れば勘弁して欲しいけど」



 ソラは苦笑いを浮かべながらそう言った。

 その時、ミィナがユーミアの拘束から逃れてこちらへと走ってくるのが見えた。



「あと一つだけ聞かせてもらえませんか?」



 エクトにそう言われたソラは、頷くとともに耳を傾けた。



「ソラさんの正義って、何ですか?」



 その問いに、ソラは即答する。



「俺自身と、俺が想う仲間の平穏」

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