第11話 慈悲
炎のカーテンは二重になっており、人間と魔族の間にさほど広くはない空間を作っていた。やがて炎が収まると、その空間にある三人の人影が露わになる。
ミラとティアの姿に人間たちは驚き、ユーミアの姿に魔族の指揮官は驚いた。
それから少しして、武具の装備を外したルバルドがやって来た。
「お久しぶりです、ルバルド様」
ティアはルバルドにそう言った。
ティアの表情に親しげなものは一切なく、どこか他人行儀なものだった。
「ティア、その……色々とすまなかった。ティアにも、ソラにも、話したいことは山ほどある。だが、俺は兵士長として今はそれを話せない。単刀直入に三人に聞きたい。一体何の目的があって――」
ルバルドはそこまで言って、少し身構えた。
反対側から一人の魔族がやって来たからだ。その全身は鱗で覆われており、立派なしっぽが生えている。ルバルドと同じく、武具は装備していない。
その魔族に、ユーミアは微笑んだ。
「お久しぶりです、ハーミスさん。ご無事で何よりです」
「ほう、こやつが……」
「お二人のお話の中にあった……」
ミラとティアの視線を横目に、ハーミスはユーミアへと問いかける。
「あ、あぁ。久しぶりだな、ユーミア。それより、この状況は一体……? ミィナ様は今どこに?」
「ミィナ様なら今頃、魔王様の所にいるはずですよ」
それを聞いて、ハーミスは目を見開いた。
「待ってくれ、何故ミィナ様がそんな危ないところに⁉」
「ミィナ様が自分で選んだ道です。私たちに出来るのは、ソラさんがミィナ様を連れて帰ってくるのを待つことだけです」
その言葉に、次はルバルドが口を開く。
「ソラは……俺たちに手を貸してくれているのか?」
「心配せずとも、そんなことはあり得ぬよ。この戦いを止めることに関しては妾やティア、ソラの意思ではない」
ミラはきっぱり答え、更に言葉を続ける。
「さっき、お主は妾たちに目的を問うたな。目的は妾たちのモノではなく、ソラ自身の、昔から何一つ変わっていないモノじゃ」
驚きと困惑の表情を浮かべるルバルドに、今度はティアが答える。
「ご主人様は初めから自分と仲間の平穏以外は何一つ望んでいません。しかし、ライリス王国はそれを許さなかった。例えギルドへ生活の拠点を移しても、それは変わりませんでした。それでも、他人の記憶や意思さえも読み取れるご主人様はルバルド様たち国に仕える者たちが語る大義名分の正しさも理解していました。理解した上で、それを否定した。そんなご主人様に、魔族であるミィナ様が一つの提案をしたのです」
その言葉の続きを、ユーミアが継いだ。
「ミィナ様は今、自分の正しい世界を現実のものにしようとしています。ミィナ様の思う正しい世界というのはチカラで抑えつけることはせず、皆が自由に、思うがままに生きる事の出来る世界です。きっと、完全に実現することなんて出来ない。それでも、ソラさんは人間が今まで作り上げてきた力で無理やり作り上げる平穏よりも、ミィナ様の語る正しい世界に寄り添うことにした。それだけの話です。そして今、そのためにミィナ様は最初で最後の争いに赴き、ソラさんはそれに手を貸した」
「それはつまり……今魔族を支配している魔王様を殺す、ということか?」
「流石はハーミス様、察しが良いですね。その通りです」
「ちょっと待ってくれ、今魔王様の元にはあのスキルの持ち主も――」
その時、全ての生き物が全身に違和感を感じた。辺りを見渡すと、原因は簡単に見つかった。
それを見て、ルバルドは一人呟いく。
「空が……いや、空間が歪んでいるのか……?」
ほとんどが困惑する中、ティアとミラ、ユーミアの表情は強張っていた。
「始まったようじゃな」
「あんなの、見たことが……」
「いえ、ハーミスさん。あの半分はハーミスさんも見たことがあるものです」
そう言うユーミアの方を見て首を傾げるハーミスに、ミラが説明をする。
「魔王とやらが玩具として扱っている魔族のスキルは無から全ての有を創造するというものじゃろう? それに対し、ミィナと共に魔王の元へ向かった人間――ソラが持っているスキルは全ての有を無へと帰すことが出来る」
エクトのスキルに驚くルバルドと、ソラのスキルに驚くハーミスを横目に、ミラはさらに言葉を続けた。
「やってきたソラ達を突き放そうと空間を作り出しでもしたのじゃろう。そして、ソラは空間が創り出されるのとほぼ同時に消し去った。作り出した空間の全てを正確に消し去るほどの余裕など無かったのじゃろうな。恐らく、これは必要以上の空間の創造が発生し、必要以上の空間の消滅が発生した結果じゃ」
空間は、見ていると眩暈がしそうなほどにあらゆる方向に歪み続けていた。
それと同時刻、ソラは服の袖を握りしめるミィナと共に、楽しそうに笑う魔王と睨み合っていた。
魔王の隣では、エクトが淡々とスキルを発動させ続けている。
「エクト……あと少しだから待ってて……」
そんなミィナの言葉が、歪む空間の隙間へと消えていった。
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